小説
―夢―
夜中にふと目が覚めた。
その瞬間感じる違和感。
隣にあるはずの温もりがないのだ。

―ああ、またか。

元親は嘆息して、暖かな布団から起き上がる。
冷気が身体に触れて身震いしたが、構わず立ち上がり部屋の外へと進む。
リビングにも光はなかったが、その先…廊下の一角から光が漏れていた。
洗面所だ。

眉を寄せて、そちらへ近づく。
ノブに手を当て、静かに開いた。
うずくまっていた人物が、肩を揺らした。

「元就」

呼びかけてもその人物は振り返らない。
蹲ったまま、身体を震わせている。

「元就」

もう一度呼びかけ、華奢な身体を後ろから抱き締める。
抵抗はしないが、顔は俯いたまま。
その身体が小刻みに震えていることを肌で感じる。肌も冷たくなっている。いつからこうしているのだろう。

「元就」

あやすように、身体をさする。
温もりを分け与えるように抱きしめる。
泣くな、とは言わない。言えない。
元就が落ち着くまで、ただひたすら抱きしめるだけ。
いつも、そうしている。


「…夢を見た」

やがて落ち着いたのか、ぽつりと元就が言葉を発した。
うん、と返す。


「とても怖い夢を…」
「そうか」
「怖い、のだ…」

声を震わせながら、もぞもぞと身体を動かす。好きなようにさせると、背後から抱きしめていた身体は正面から向き合った。
元就は顔を上げないまま元親の身体に腕を回す。
ぎゅうっと抱きついてきた。まるで消えるのを恐れるように。

「元親」
「なんだ」
「もと、ちか…」
「ああ、ここにいるよ」

大丈夫、ここにいると何度も伝える。元就は腕の力を強めて元親を拘束する。そうしなければいなくなってしまうと言わんばかりに。
ここにいると何度伝えても、元就は震え続ける。怖がり続ける。
何度も、夢を見る。

「怖い、夢を」
「ああ」
「そなたが…我を…」
「…夢、だろう」

大丈夫、ここにいる。何度も何度も囁く。
怖がる元就に伝える。

「側に、いて」
「側にいる。だからお前も勝手に抜け出すな。身体冷たくなってるぞ」
「側にいてはいけないと、」
「誰がそんなこと言うんだ」
「…夢、が」
「夢だろ」

身体を少しずらし、元就の身体を抱きあげる。
ようやく見れたその顔は、涙にぬれていた。不安げに見上げるその目にそっと唇を落とす。
そのまま寒い廊下を通って寝室へ向かう。
ベッドの上に降ろして一緒に毛布に包まれる。
さあ、温まろう。冷えた身体と心を温めよう。
ぎゅうっと小さな身体を抱きしめる。

「眠りたくない」

また、夢を見るから。
そう訴える元就の顔にキスを落としていく。

「側にいる。大丈夫」

大丈夫、大丈夫。
何度も訴える。
何度夢を見ても、その度に不安に襲われて逃げ出しても。
ちゃんと見つけて捕まえて、温める。
大丈夫。

その言葉がきいたのか、やがて元就は眠りについた。
涙の後を舌でなぞる。
頭を撫でていた手を、ふと首元へ落とす。
細い首。
力を込めれば折れてしまいそうな…。

「……は」

すぐに手を離し、隣に眠る温もりを抱きしめる。
何も覚えていない愛しい人の温もりを。



忘れるはずの自分は覚えていて。
孤独に咽び泣くはずの彼は忘れていて。
それでも時折 夢と言う形で最後の瞬間を繰り返す。

『あんたのことは綺麗さっぱり忘れる』

その言葉に怖がり泣く。
何も覚えていないのに、その言葉だけを思い出して怯える。

「ずるいよなぁ…」

今生で再開した彼と共に歩むことを決めたのは自分。
覚えている過去世にたくさんの葛藤をして。
そうして決断した。
何も覚えていない彼と新たな生を生きると。愛すると。

でもこうしてあの言葉だけを思い出して怯える彼に、少しだけ愚痴りたくなる。
あんなにも怯えて、怖がって。
そんな姿を見たら抱きしめるしかないではないか。夢だ、と。ただの夢なのだと言うしかないではないか。

あれは過去世なのだと。
苦しみ、哀しみ、終わってしまった昔の姿なのだと。
どうして言えようか。

たくさんの恨みごとも、理解してやれなかった悔恨も、愛憎する思いも。
何もかも押し込めて。
大丈夫だと、ただの夢だ、と。


―怖い夢をみた。

  そなたが我を忘れる、と。

―ただの夢だろ。

  俺はお前を忘れないよ。




終わり



[*前へ]

あきゅろす。
無料HPエムペ!