小説
まほろば7 ☆
空気が暖かくなり庭には花が咲き誇った。
あの男が戻ってくるのはもうすぐだろうかと考えながら過ごしていた。


けれど、春先に咲く花が散り始めても男は戻らなかった。


あの男を、長曾我部元親を、自分は待っているのだろうか。
約束をした。暖かくなったら外へ連れて行くと。四国を案内すると。
男の残した肌の彩はとっくに消え去った。
抱きしめられていた感覚も薄らいでいく。
消えていくことに不安を覚えるのは何故なのか。


戻ってきて欲しいのか。そうでないのか。
けれどあの男が戻らなければ自分がここにいる意味がない。
あの男が自分を求めるから、自分はここにいるのに。
「我は……」
停滞した時間。停滞した心。
良くも悪くも変化をもたらすことが出来るのは、あの男だけなのだ。




その日、珍しく人が訪れた。
側に仕える侍女以外に人がくることは今までになかった。
長曾我部の重臣らしい男の来訪、侍女達の青褪めた顔。
不安が胸を過ぎった。


「元親様がお倒れになったと…」

もたらされた内容は自分を凍りつかせるに十分なものだった。
長曾我部が天下の西半分を握っていたこと。
東半分を統一した徳川と、天下を分ける戦を行ったこと。
戦には勝利したが、長曾我部は天下を徳川へ譲ったこと。
そして…。
その後 倒れたこと。

四国へ戻ることを望んだらしいが、とても船旅できる状態ではなくそれは叶わず。
今は治療中であると。


「……容態は」
ようやく発した声は、自分でも驚くほど震えていた。
「詳しいことはわかりませぬ。急ぎの伝令が伝えてきたことゆえ」
心臓が煩いほどになっている。
どうして自分がここまで揺れているのか、締め付けられるような痛みを訴えているのか。
分からなかった。分からないけれど、不安でたまらなかった。
怖かった。


「これから船を出します。四国の医師を連れてご様子を伺いに参ります」
何か分かり次第お伝えしますと続けられ、立ち去ろうとしていた男に言葉を発していた。
「我も行く!」
男も、側にいた侍女たちも驚いていた。
自分でも驚いている。何故こんなことを言っているのか。
けれど止められなかった。


「我も…行く。あ、あの男に…」


長曾我部に、会いたくてたまらなかった。





END



良くも悪くも、居場所は元親のそば。


[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!