小説
まほろば 〜夢の始まり〜2
戦の後処理を腹心の者に任せ、己の城へと戻った。
毛利元就は船の中ではついに意識を取り戻さなかった。
自室の側に寝かせ、意識が戻るのを待つ。包帯の巻かれた身体が痛々しい。
髪を梳くとところどころほつれていた。
侍女に身体を拭わせたが、髪にへばりついた血を完全に落とすことは出来なかったようだ。


こんな風に傷ついて良い女ではないと思う。
血を纏う姿は哀れだった。
ぼろぼろの鎧は取り去り、白い着物を羽織らせている。
母や姉達が着ていたような綺麗な衣装を着せたらどんなに似合うだろう。
殺伐とした戦場など似合わない。
絹で包み壊れぬように大切に抱きしめて守る。
そう、決めたのだ。





「殺せ」
眼を覚まし、生きていること囚われていることを知った彼女は、強い眼差しで告げた。
「敗戦の将などなんの価値もない。殺せ」
悲壮な表情で生きている我が身を恥じるように、生かした自分を呪う様に、言葉を紡ぐ。
こんな哀しい言葉を言わせることが辛い。
「死なせたくない」
頬に手を伸ばし、まだ薄っすらと残っている傷を撫でる。こんな傷、早く消えれば良い。
薄い肩がいっそう一層切ない想いをかき立て、細い身体を抱きしめた。
「やめよっ!」
腕の中で身体が強張るのを感じる。
「離せ、貴様! 何を考えている!」
声が震えている。
こんなにも細い身体で戦っていたのか。思い重圧を背負って。


「愛してる」


ぴくり、と身体が跳ねた。
「な…に?」
「あんたを愛してる。大事にしたいんだ。これ以上 傷つくようなことさせたくない」
柔らかな髪をゆっくりと撫でる。
「なにを…ふざけたことを…」
「もう戦わなくていい」
あんな風に辛そうに舞うことはない。
「我を愚弄するか、長曾我部!」
強く腕を伸ばし距離を置き、顔を上げて睨んでくる。強く睨んでくる瞳が、薄っすらと潤んでいる。

泣かせたくなど、ない。
大切にしたいんだ。


「元就」
再び腕を伸ばす。逃れようと抵抗するが、構わず抱き寄せる。
「あんたを、愛してる」
否定の言葉を呑み込むように、口付けた。




壊れないよう、壊さないよう、大切に抱く。
過去の傷、己の付けた傷、全てに余すことなく口付けていく。
早く消えるように祈りながら。
やめろと訴えていた声が徐々にやめてくれと哀願に変わる。
酷いことを、している。
わかっていても止めることなど出来なかった。
愛している。その想いを伝えたい。
身体中に触れて口づけてその存在全てを抱きたい。
頬を伝い落う涙も全て飲み込んでしまいたい。

「元就、愛してる」
「…いや…いやぁ…っ!」






眠る身体を抱きしめる。
このまま腕の中に閉じ込めておきたい。
何の愁いも哀しみも感じることのないよう、大切に、大切に…。





END




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あきゅろす。
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