小説
まほろば3 ☆
「外へ出たい」
何か望みはないかと男が問いかけるのでそう答えた。
叶うとは思っていない。男を困らせるために言ってみただけだ。
案の定、男は眉間に皺を寄せた。
「ここの庭園じゃ駄目か」
己のためだけに造られた美しい庭園。男がどれほど己を気遣っているのか伝わってくる。少しだけ胸が痛んだ。
「我は外へ出たいのだ」
わざと駄々を捏ねるような口調で告げた。
敗軍の将であり属国の元国主であり今は虜囚…そんな立場を省みておよそ許されるはずのない態度。それを男は許す。
男は己に想いを寄せているから。己を大切なものとして扱うから。いっそどこまで許されるのか試してみたくなる。
己の存在は男の一存でどうとでもなる。男が己に飽いたとき、または愛想を付かした時、今度は無残に打ち捨てられるのであろうか。


今更 中国へ戻れるとは思わない。
そこにはもう己の居場所はないだろう。
残ったのは僅かな武将としての矜持。
己は毛利元就であると、そう言い聞かせて己を保つ。

そうでもしなければ耐えられない。

ここはとても居心地が良いから。
男は泣きたくなるほどに優しい。
戦場に立っていた頃の緊張感などなく、人を殺める恐怖、殺められるかもしれない恐怖もない。
真綿に包まれるような日々に心が解けていく。
もう嫌だと叫びたくなる。
苦しいのも悲しいのも怖いのももう嫌だと、泣きたくなる。
このままここで、何の憂いもなく眠っていたくなる。
弱く醜い己の本心が曝け出されてしまう。



男に、長曾我部に反抗し続けること。武将としての矜持を保ち続けること。
それが今の自分を支える唯一の手段。
「望みは、と問うたのはそなたであろう」
皮肉を浮かべて笑んでやれば、長曾我部はゆっくりと手を伸ばした。
身体を強張らせた己に苦笑し手が己の頬に触れる。顔を寄せた長曾我部の唇が己の唇に触れた。
一瞬の口付け。
次に目に映ったのは、長曾我部の強い眼差し。



「少し待ってくれるか」
長曾我部の手が髪を梳く。
「待つ…?」
「ああ。今は寒いからな、風邪引くかもしれないだろ」
髪に触れている手とは反対の手が、己の手に触れ繋がれた。
「もう少し…そうだな、三ヶ月くらいか。それくらいには暖かくなってるだろ」
繋いだ手を口元へ寄せ愛しそうに口付ける。
そんな動作も今は気にしていられない。男は、何を言っている。
「三ヶ月たったら一緒に外へ出よう。四国を案内してやるよ」
だから、それまで待ってくれと告げて男は去った。






それからしばらく長曾我部は姿を現さなかった。
昼も、ほとんど毎日訪れていた夜も。
己に付けられた世話係の侍女たちは忙しくされていますと言っていた。
何に、忙しい。
どきどきと心臓が早鐘を打つ。
込み上げてくる不安感。
長曾我部が己を外へ出そうとしないのは何故だ。
外が未だ不安定だからだ。決して安全とはいえないから。
では三ヶ月の時は何を示す。
男は、何をしようとしている。



不安なまま数日が過ぎ、久方ぶりに男が訪れた。
日輪も沈み床に就こうとしていた時だ。
少し疲れた様子で、室へ入るなり己を抱きしめてきた。
「長曾我部…何をしている…?」
「ちょっと政務が忙しくてな」
詳しいことは何も告げずそのまま床へ横たえられた。
「何をしようとしている…」
不安が現れたのか、声が震えている。
男は優しく笑むばかり。
その夜はことさら優しく抱かれた。
意識が眠りの淵で揺らぐなか、己を抱きしめたまま男が囁く。
「しばらくここに来られなくなる」
名残惜しむように口を吸われ身体を抱きしめられながら、意識を手放した。



翌朝 男は四国を発ったという。
もちろん何のためにかなど誰も教えてはくれない。男が不在で、そのため来られなくなるのだということを伝えるために知らされたこと。
何をするつもりか。
答えなんてすでに出ている。
戦をするのだ。
己の身の丈に合わぬ我儘を叶えるために、戦をしようというのだ。
三ヶ月で平穏をつくろうとするのか。己を外へ連れ出すために。
この乱世を沈めようとでも言うのか。



男がいない、その事実に心に喪失感が広がる。
知らないうちに涙が頬を伝っていた。




END





少し動きが出ました。
元就はだいぶ元親に心動かされてます。



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あきゅろす。
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