小説
まほろば2 ☆
大きく広がる海を見つめる。
「それで、どんな様子だ」
背後に控える草の者に問いかければ神妙な様子で応えが返る。
「織田は東国に気をとられておりしばらくは問題ないかと。しかし豊臣が勢力を伸ばしつつあります」
「豊臣…」
ぎりっと奥歯をかみ締める。織田から独立した豊臣は武力に物言わせた方法で勢いを増している。
「九州も新興宗教が幅利かせてきな臭いしな。どいつもこいつも暇な奴らだぜ」
吐き捨てるように言うと踵を返した。


「元親様」
城へ戻ると、家臣の一人が小さな箱を抱えてきた。
「行商人が元親様からの依頼だと」
頼んでいた品が届いたのだ。それまでの憂鬱な気分が晴れ嬉々として箱を受け取る。中身を確認すると、奥の間へ進む。
奥へ行くほどに人の気配が少なくなる。当然だ、ここへ入ってこれるものは己が特別に許可した数人の者たちだけ。
それらの者たちにも下がるよう命じ、襖を開く。
ふわりと馨る花の香り。
贅を尽くして作らせた美しい庭園を眺める人の姿。
「元就」



ゆっくりと振り返った人は戸惑うような目でこちらを見つめる。
毛利元就。かつて女ながらに中国を治めていた。厳島における戦で毛利を破り総大将であった彼の人をそのまま四国へ攫うように連れてきた。
最初の頃は険を含んだ眼差しで睨まれた。当然だ、閉じ込めて身体を無理やり開かせて手元に置いたのだから。
その目が、徐々に強さを失い、今では戸惑い揺れている。
元就の前に座ると手に持ったままの箱を膝に置く。元就の視線もそちらに向く。目の前で箱を開いた。中に収められていたのは真珠を連ねた首飾り。箱から取り出し元就の細い首にかける。
驚いたようにこちらを見つめてくる。
「思ったとおり、良く似合う」
綺麗だ、と続けると元就の身体がびくりと揺れた。
「わ、我は…」
「うん?」
「我は…このような、もの…」
喘ぐように口を開き、けれど結局最後まで言葉を紡ぐことなく微かな吐息だけが漏れる。



初めて見たとき哀しい女だと思った。
戦場に立ち鎧に身を包み女らしさを捨て戦国の武将として生きていた人。
自分で選んだこと、そう言われればそれだけのことかもしれない。けれど自分には彼女が悲鳴を上げているように見えた。
氷の面を被り自己を捨てて毛利のためだけに生きる女。
哀しくて憐れで同時に、恋情を抱いた。
自分の元にいれば決して戦場になど立たせない。血に濡れた衣装なんて脱がせて綺麗な衣を着せて。花に囲まれて優しく微笑んでいて欲しい。
そう望んで。
望むままに連れ去った。



外の喧騒など聞こえない部屋で、丁寧に整えられた庭園を眺め、慎ましやかな調度品に囲まれ、色とりどり鮮やかな着物を着せて。不自由ないように穏やかに過ごせるように気を配り住まわせた。
元就は落ち着かないように視線をさ迷わせどこか怯えたようにこちらを見つめる。
「我は、このような…」
泣きそうな声で絞り出される声。
強がっていた鎧が剥がれたとき現れたのは不安そうに震える姿。ここにいれば何の心配も要らないのだ。戦場に立つ必要はない。命が脅かされる心配もない。傷つくことも、血を浴びることもない。
「長曾我部、我は、毛利元就ぞ」
毛利の軍を率いていた武将。こんな女の扱いいらないと訴える。
「ああ。けど今はもう戦う必要はない」
穏やかに日々を過ごせば良いのだ。そう伝えるのに元就は戸惑うばかり。もう少し時間が経てば慣れてくれるか。
「中国も大丈夫だ。あんたが心配するようなことは何もない。だから落ち着いて、な」
宥めるように抱き寄せ髪を梳く。
ここで何の憂いもなく過ごしてくれれば良い。



鈴の音が響いた。
微かな音色を元就も聞きつけたのか腕の中でびくりと震えた。
数度背を撫でてから立ち上がる。
「また夜に来る。何か欲しいものはあるか?」
不安そうな眼差しのまま見上げ首を横に振る。元就からおねだりをしてもらったことはまだない。何かねだってくれるようになれば嬉しいのにと首をすくめる。
襖を開くと元就に付けている侍女が待ち受けていた。
「何かあれば伝えるんだぞ」
後を頼むと侍女に伝え後ろ髪を引かれながら進む。
この部屋には一切の世情を持ち込みたくない。だから自分がいる間この部屋に誰かが立ち入ることは禁じている。自分を呼ばなければならないときは人を寄越さず鈴を鳴らすように命じている。
深く息を吐き廊下を進む。



時勢は決して平穏ではない。
自分は天下など望まないが回りはそうではない。特に中国を獲ってからは放っておいてはくれなくなった。
織田、豊臣、更にその先の東国の武将たち。西には九州。陸続きの中国はもちろん、四国に向けてもその手は伸びてきている。
どちらも自分にとっては大切な地だ。
元就に本当の平穏を与えるために手を握り締め歩を進める。



END



まほろばの続きです。
元親は元就を大切に扱いたいのです。元就が望んでいるかどうかはともかくとして。


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