小説
まほろば ☆
毎夜 男は愛を囁く。



厳島での四国との戦いに敗れたこの身を待ち受けていたのは想像とはかけ離れた待遇であった。
四国へ連れて行かれ長曾我部の城に囚われた。てっきり処刑されるものとばかり思っていたがそんな素振りはない。
城の一室に閉じ込められていた自分の前に現れた男は、愛を告げてきた。



最初の夜、行われた行為に女であるがゆえに慰み者とされるかと涙を流した。男は複雑そうに顔を歪めすまないと謝った。
『悪い、でも止めてやれねえ』
愛していると何度も囁き抱く男にどうして良いかわからなかった。
これを屈辱と受け止め憎めば良いのか。
次の朝はひたすら男を睨み続けた。



中国の地を男は毛利に治めさせると告げた。幾人かの重臣の名を告げ彼らに任せたと。無論四国の監視の下ではあるが。
敗戦国への待遇としては破格の扱いに正気を疑ったが男は本気のようだった。
『あんたの国を酷いようにはしたくはない』
頬を撫で告げる男に困惑した。
それは裏を返せば国を荒らされたくなければ大人しくしていろ、と取れる言葉でもある。きっとそうだと男を睨みつけたが男は己の頬を優しく撫でるばかり。


やがて城の奥の一室が与えられた。品の良い、しかし良く見ればそれなりの品であるとわかる調度品に囲まれた日当たりの良い部屋。間違っても捕虜に与えられるような部屋ではない。
そこに男は何枚もの着物を持ってきた。
艶やかな紅色、清楚な桜色、優しい翠、深い蒼。
鮮やかな色たちに囲まれ嬉々としてそれを羽織らせる。どれも似合う、綺麗だと嬉しそうに男は笑う。
昼は毎日訪れるわけではない。むしろ来ない日の方が多い。国主である以上しなくてはならないことは多いのだから当たり前とも思うが。
その代わり、昼に訪れたときは必ず何かを持ってきた。ある日は書物を、ある日は琴を、手毬を、貝を。
他に欲しいものはあるかと、何でも望むものをと。



夜は毎夜訪れる。
愛を囁かれ男の身体に翻弄される。
疲れきった身体が睡眠を欲し眠りに誘われる中、霞む視界の中で男が己の腹に手を触れていた。優しくさすっている。その行為の意味するところ、男が望んでいることを悟り、泣きそうになった。


自分がどうしたら良いのか、何を望んでいるのか、優しく流れていく日々の中で自分の意思さえも見失っていた。
男は毛利を破り己を捕虜とした憎むべき存在のはず。
なのにあまりに優しく愛してくるから。
また時の情勢がわからぬことも己の感覚を狂わせた。
戦国の世が終わったわけではないはず。中国の敗北も一地方の縮図が変わっただけのこと。戦は続いている。
しかし男は決して外のことを自分に告げなかったし、自分の周りにいる者たちも何も言わなかった。
まるで平和な世のように穏やかに優しいだけの時間。
問うても男は答えない。何も、自分が心配するようなことは何もないと。



かつて味わったことがないほどの平穏な時のなかで自分は確かにおかしくなりつつあった。
女として男に愛され慈しまれ、それまで培ってきた将としての矜持も仮面も崩されていく。
まるで幻のようにつかみ所なく過ぎていく日々は本当に現実のものなのか。


怖くなった。
これは夢であろうか。
自分は本当に存在しているのであろうか。



「我は、毛利元就だ」
中国を治めていた毛利の主。
「そなたは我の敵だ」
四国の主、瀬戸内の向こうの宿敵。
「我は、我は…」
男が腕を伸ばす。逃れようと身体を捩じらせても容易く囚われる。
「愛してる」
男が囁く。徐々に徐々にこの身を侵す毒を。
「愛してる、元就。あんたはこうして、俺の傍にいてくれればそれで良い」
繰り返し繰り返し、思考さえも侵していく猛毒。
「愛してる」



自分は、この男をどう思っているのか。
憎んでいるのか、それとも愛しているのだろうか。
男を、長曾我部元親を。



END



外と隔絶された世界で愛されて過ごすだけの毎日に侵されていく元就。
戦は終わってないので外は結構殺伐としてます。でも元親はそれを元就には知らせません。
続く…かも。

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あきゅろす。
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