キリリク
4
「どうやらこの店のようですね」
それから少し歩き、彼らは小さな店の前で足を止めた。
まだ完全に日は沈みきっていないにも関わらず、その店からは陽気に騒ぐ男たちの声が聞こえている。
「さぁ、入りますよ」
「ああ」
その言葉に櫂斗が頷くと、樂は店の扉をくぐった。その後に櫂斗も続く。
樂に言われていたことに加えて、自身の興味も手伝って櫂斗は店内を見回す。そこは彼が普段利用する街の中心にあるような店とは違い、雑然とした印象だった。
ただ照明は明るく、店内の掃除も行き届いているため不潔には感じない。あえて言うなれば、男ばかりでむさ苦しいといった程度だろうか。
屈強な者達が多いその店に樂や櫂斗のような優男風の客は珍しいらしく、いくつかの視線が突き刺さるのを感じる。
樂はそんな視線を気にする様子もなく、店主らしき男性がいるカウンター席に腰を下ろした。
調理場に続いているらしいその場所は、程よく店の中心から離れていて店内の様子を窺うのにうってつけの場所だった。
二人が座ると同時に他の客と話をしていた男性が彼らに近付いてくる。
「兄ちゃん達、見ない顔だね。ご注文はお決まりかな?」
「この辺りに来たのは初めてかな?うちの坊っちゃんが酒場に行ってみたいと言い出したんで、連れてきたんですよ。…とりあえず冷たいお茶を2つ」
樂がそう答えると、男性はふぅんと言いつつ笑いながら樂の肩を叩く。
「しかし、何だい兄ちゃん。坊っちゃんは若そうだから仕方ないが、酒場に来てアンタまで茶で済ますのかよ」
「一応仕事中なもんでね。その分料理を楽しませてもらいますよ」
「なるほどね、ウチの料理は旨いぞ。何せ俺のカミさんが作ってるからな」
そう男性が言ったところで他の客から「大将」と呼ぶ声がした。目の前の男性がそれに返事をした所を見ると、やはりこの人物が店主らしい。
「じゃあ、また注文が決まったら声を掛けてくれ。ゆっくりして行きなよ」
そう二人に言うと、彼は呼ばれた方へと向かって行った。
その背中を見送ってから、樂が声を潜めて話し掛けてくる。
「意外とキチンとした店のようですね」
「え、そうなのか?」
店主が客に対して親しげに話し掛け、あまつさえ肩を叩きまでしたということと、樂がいつもより丁寧さを欠いた口調で話していたことに衝撃を受けていた櫂斗はその言葉に驚く。
その表情で櫂斗がどう感じていたのかを読み取ったらしい樂は思わず苦笑した。
「あぁ、繁華街にあるような店と比べてはいけませんよ。ああいう店はお客様を立ててこそですからね。逆にこういう店はお客さんに楽しい時間を過ごしてもらうための場所なんです」
“お客様”と“お客さん”そうわざわざ言い分けたことから何となくの雰囲気を感じ取ったのだろう。
ふうん…と呟いた櫂斗はその言葉を確かめるかのように店をぐるりと見回した。
そこでふと店内を忙しく立ち回っている一人の店員が目に留まる。
店にいる客たちよりは細身だがガッシリとした体格。柔和な表情を浮かべる彼は、例の商人から聞いていた使用人の容貌そのものだった。
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