キリリク
3
少ししてから服を着替え終えた櫂斗が奥の部屋から戻ってきた。
着替え終えたはいいものの既製品を渡したせいなのか、服の中で体が泳いでしまうようである。落ち着かない様子で服の裾や肩口などを弄っている。
「何だか着ていてもしっくり来ないんだけど…」
「少し大きかったですか?既製品ですから少し慣れないかもしれませんね」
普段櫂斗が着ているのは彼の体に合うように作られた品である。既製品ではやはり勝手が違うのだろう。
「しかし、服に着られている感じで、それっぽさが出ていいと思いますよ。そうしていれば店に入っても警戒されないでしょう。“少し良い家のお坊っちゃんが興味本意で用心棒に頼んで酒場に連れてきてもらった”そんな風に認識されるはずです」
そして樂は櫂斗を促して扉に向かう。
「さあ、行きましょうか『坊っちゃん』」
そう言って短刀を腰に携えた樂の表情は不敵にも取れる笑みだった。
そうして店を後にした二人は、件の酒場に向かう。その途中でも、樂は櫂斗に対して店内でどのように振る舞うべきか説いていた。
「大体そういう店にいるのは他国からの流れ者や、その日暮らしの生活をしている者。力仕事で生計を立てているものが多いはずです。割と荒い性格の人間ばかりでしょうが、まぁ楽しく酒を飲んでいる分には機嫌良くやっていると思いますよ」
そう語る樂の様子は小さな頃から一緒に過ごしてきた普段の彼と違って数段大人びて見える。
そう感じながら櫂斗は樂の様子を眺めていた。櫂斗の視線には気付いていないのか、樂は話し続けている。
「店に入った瞬間には貴方のような人間が来るのは珍しいですし、注目されると思います。しかし、物珍しげに店内を見回してでも見せたらただの世間知らずなお坊ちゃんだとすぐに彼らも興味を無くすでしょう。酔った輩から野次が飛んだりした場合は驚いた表情でもして見せてやれば満足しますよ。後は大人しく席に座って、私の話に頷いたりしながら周囲の様子を伺っていれば情報収集になるはずです」
そこまで話して樂はようやく櫂斗がじっと自分を見ていることに気付いたのか、怪訝な表情を浮かべる。
「どうかしましたか?」
「樂はやっぱり僕とは違っていろいろな経験をしているんだな、と思って」
真剣にそんなことを言う櫂斗に樂は一瞬面食らったが、彼の気持ちを汲み取って笑顔を浮かべた。
「それは私と貴方では立場が違いますからね。年だって私の方が上ですから、その分の経験の差がありますし。それに、私からすれば貴方がこれまで学んできた帝王学なんかはサッパリですよ?」
「そういうものかな?」
樂の言葉を聞いた櫂斗はそう小さく呟く。それに樂が頷いて見せると、櫂斗も安心したのだろう。それ以上は何も言わずに歩き続けた。
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