キリリク
3
扉が開く音を聞いて、そちらに目を向けた茗は樂の姿を認めて小さく首を傾げた。
あれでそれなりの身分である櫂斗の護衛も兼ねているという樂は、いつも櫂斗の少し後方に立っている。
そのため、こうして茗の店を訪れるときに先に扉をくぐるのは櫂斗であった。
今日は二人とも店に来るように頼んでいたから、普通なら今日もまず櫂斗が店に入ってくるはずである。
それなのに今回は櫂斗が普段の樂の位置に立っており、樂は櫂斗がいつも店に来たときに浮かべるような笑みを向けて口を開く。
「こんばんは、茗」
「遅れてしまってすみません」
ひらりと手を振りながらそう言った樂の声に、それに補足するような櫂斗の声が続く。
一瞬聞き違いかと思ったが、低く深い樂の声と柔らかく響く櫂斗の声は性質が全く違うのでそれはないと思い直す。
そんな風に混乱する茗を尻目に樂はスタスタと店内に入り、いつも話をするときに座る座卓に腰掛けた。位置は上座。普段ならば櫂斗が座る場所である。
それを見た櫂斗は呆れたようにため息をつき、茗に失礼しますと声を掛けてから樂の所まで歩を進める。
「全く、あなたは遠慮というものを知らないんですか?親しき仲にも礼儀ありというでしょう」
「だって、礼儀に関しては樂がしっかりしてるじゃないか。君が堅苦しい分、俺がやり易いやり方で振る舞う…足して割ったら丁度いいだろ」
ニッコリと笑った樂はそう櫂斗に返すと、今度は茗に視線を向けてそれに…と続ける。
「俺がいつも通り振る舞うことで茗も手っ取り早く状況を把握できたと思うよ。ね、茗?」
樂に悪戯っぽい視線を向けられ、茗は彼らの行動や言葉から薄々抱いていた疑念を口にしてみることにし、まずは樂、そして櫂斗に向かって名前を呼んだ。
「櫂斗?」
「何だい、茗」
「樂さん?」
「はい」
そんな二人の反応から自分の予測が当たっていたことを知り、思わず表情が苦いものになる。
「何をどうしたらそんなことになるのよ」
想定外すぎる出来事に肩を落とすしかない茗だった。
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