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キリリク
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ふと回想から意識を戻した櫂斗は、事の発端となった店員のことを思い出していた。

「そういえば、あそこに初めて行ったときに働いていた彼はもうこちらに戻って来ているんだったかな?」

それを聞いて樂は一瞬考え込んだが、すぐに彼のことに思い至ったのか、笑顔を浮かべた。

「あぁ、彼ならあの後しばらく故郷に帰っていましたけど、ご家族の病気も完治してまた奉公に戻っているはずですよ。今では責任ある立場になっていると聞きました」

「そうか。しかし、軍の警邏隊といい彼の上司といい、世の中には困った人間がいるものだと思い知った出来事だったなぁ…アレは」

しみじみとそう溢す櫂斗に樂も深く頷いた。

結局、例の商人が気にかけていた彼が酒場でまで働かなければいけなくなっていたのは、商家で彼の指導役だった奉公人が、母の看病のために故郷に一時だけでも帰れないだろうかと彼が持ち掛けた相談を突っぱねたのが原因だったそうである。

"奉公に上がったからにはお前の身は店の所有物である。一身上の都合が通ると思うな"
"第一に考えるべきは店のことであり、故郷のことは二の次である"

指導役にそのような言葉で叱責された彼は、ならばせめて薬だけでも…と少しでも良い薬を買うために酒場で働くことを決めたらしい。

それを聞いた商人が指導役を問い質したところ、仕事が出来て雇い主にも目を掛けられていた彼を妬んでそのようなことを言ったのだという。

商人は指導役を解雇し、彼に謝罪した上で長期の休暇を与えて故郷に帰れるよう支度を整えてやったと聞く。

後日、商人に会った櫂斗は何も指導役を解雇することはなかったのではないかと聞いたことがある。

"でもねぇ…彼の処分を決める時にいろんな人に話を聞いてみたら、大きなものでは無いにしろ彼は今までも自分の仕事を他の人間に押し付けたり、自分の失敗の責任を擦り付けたりしていたらしいんだよ。気付かなかった私も悪いんだが、自分の立場を好きに利用していた彼をこれから先どうしても信用出来る自信がなくてね"

そうして深い溜め息をつく表情は寂しげである。

"やっていたことが露見してからは、一緒に働いていた人達とも何だかギクシャクしていたから、それならばいっそ心を入れ替えて別の奉公先で一からやり直した方がいいんじゃないかと思ったんだ。最初は彼が自主的に店を移るという形にするつもりだったんだが、今後同じようなことを繰り返さないようにするには、解雇という形がいいという話が出たんだよ。本人もそれでいいと了承してはくれたけどね。君のいう通り、これで良かったのかとつい思ってしまうね。人を使う難しさを改めて感じたよ"

その時の彼の弱々しい様子は今でも強く印象に残っている。

この一件は櫂斗が初めて社会が巡る様子を間近で認識した瞬間だった。


「大なり小なり権力を持った人間は自身が何故その立場にいるのかを誤ってはいけないのだということですね」

そう樂の声がして、またも自分の思考に沈んでいた櫂斗は意識を現実に戻す。

「うん、軍の末端や商家の中堅の奉公人ですらあんな騒ぎになったんだから、驚きだったよ」

「まして、あの時は二つが平行して起こりましたから余計でしょう」

「けど、あの一件からはいろいろなことを学んだ気がするよ」

「あなたが初めて社会の動きに関わった出来事でしたからね。あなたにも大きな影響を与えたと思いますよ」

先ほど自身が思ったことと同じことを言われて櫂斗の顔に思わず苦笑が浮かぶ。

「どうかしましたか?」

それに気づいた樂が不思議そうにするが、櫂斗は首を振るだけに留めて、前方に見えてきた目的地に視線を向ける。

「さぁ、食事の時間だ。今日は少し涼しいから温かい食べ物がいいな」

「そうですね、何かお勧めを見繕ってもらいましょうか」

櫂斗の様子からわざわざ聞き出すまでもないと判断したのだろう。彼と同じように酒場に目を向けた樂も笑顔で櫂斗の言葉に同意したのだった。

-Fin-
―――――
簓様、大変お待たせいたしました。ようやくキリリクが完成致しました。
拙い文章なので満足いただけたかは分かりませんが、少しでもお楽しみいただけたのなら幸いです。

しかし、まさかここまで長くなるとは予想外すぎました…。
これでも短くなるように頑張ったんですけどね。その結果ケガの辺りを軽症にするなどして削ったりすることになりましたが(爆)

しかも、ラストがなんか説教臭いΣ( ̄□ ̄;)
あれ、これってラノベ風を目指した小説だったような…?

そんな感じではありますが、お納めいただければと思います。

キラ



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