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キリリク
7


「何だ?」

驚いて周囲を見回す櫂斗だが、他の者も何が起こったのか把握できていないようだった。ただ、樂だけは険しい表情で扉の方に視線を向けている。

そして、何かにピクリと反応したらしい樂が櫂斗の腕を取って自分の背後──店の奥の方に誘導した瞬間、道路に面した店の窓が店内に向って破壊され、大きな影が店内に飛び込んできた。

周囲のものを派手に巻き込みながら机の上に転がったそれは、衝撃で気を失ったらしい若い男だった。

それに次いで、外から人々が騒ぐ声や鈍い破壊音が聞こえてくる。

それに興味を持って扉から外を窺ったらしい客数人が店内に向かって状況を伝えると、その声に店にいた客たちが騒然となる。

「若い奴らが警邏の奴らとやり合ってるぞ」

「警邏だって?またあいつら来てやがるのか」

「ふざけやがって!いい加減にしろってんだ」

警邏とは、軍に志願した貴族の子供たちが最初に行う任務である。

日中訓練を受けた彼らは、夕方から夜にかけて数人の班に分かれて当番制で街を見回る。

貴族の子供は家庭で甘やかされて育った子供が多いので、軍に入りたての頃はなかなか厳しい生活に順応できない。

そのため、このように簡単な仕事を徐々に積んでいくことで厳しい軍の規律や訓練に慣れさせようとかなり以前に考案された仕組みである。

街の治安を守るために任務を行っているはずの彼らが何故こんなところで暴れているのか。

しかも客たちの見せる反応は明らかに彼らを敵視しているようなものである。樂と櫂斗は困惑した表情で視線を交わす。

しかし、何が起こっているのかを見極めなければ何も行動を起こせない。そう判断した樂は腰の短剣を確認した。

「あなたはここにいて下さい」

そして、櫂斗に向けてそう言うが早いか、樂は店の外へと駈け出して行った。

「樂?」

突然動きだした彼に反応が遅れてしまった櫂斗は思わず彼を追って扉の傍まで駆け寄る。

しかし、演技ではなく実際に彼は樂に守られる立場である。

櫂斗自身、ある程度の護身術は身につけてはいるものの、樂がいるにも関わらず櫂斗の身に何かあれば、彼は確実に咎められてしまう。

そう思い至った櫂斗は外に出たい気持ちを抑えて扉から外の様子を窺うに留めた。

大丈夫、樂は強い。

そして、自分の能力もきちんと心得ている。頭もよく回るから、たとえ単身で複数人と対することになってもそうそう危険な状況に陥るはずはない。

そう思い、櫂斗はギュッと拳を握り締めた。



一方、戸外に出た樂が見たのは、警邏隊の人間とこの辺りの若者であろう男たちが数人ずつ睨み合っている様子だった。

周囲にも街の人間が集まり、野次を飛ばしている者までいる。しかも、その全てが警邏隊に対する罵声や若者達を応援するものだった。

民衆を守るための警邏隊が何をしているのか…。思わず頭を抱えたくなった樂だが、とりあえず事態を把握しようと周囲を見回す。

その時、それまで沈黙していた男たちが警邏隊に向かって怒鳴りつける声があたりに響いた。

「お前らいい加減にしろよ。毎晩街を荒らしやがって!」

「街を荒らすだと?俺達は毎晩貴重な時間を削って街の治安を守ってやってるんだぜ。あんたらこそ俺達にいつもいつも突っかかって来る前に感謝の気持ちを示したらどうだ?」

警邏隊の先頭に立っている男が彼に対して不遜な態度で言い返す。

「治安を守ってやってるだァ?店に入っては大騒ぎして、気に入らないことがあれば怒鳴り散らして暴れまわる。治安を悪化させてるの間違いだろう」

彼の発言を鼻で嗤った若者が発した言葉を聞いて樂は眉根を寄せる。仮にも国を守るために存在する軍隊の一員ともあろうものが何という体たらくか。

師匠との関わりで軍の人間にも知り合いがいる樂だが、まさか軍の末端にこのような人間がいるとは思わなかった。

樂がそう考えを巡らせている間にも彼らの言い争いはますます熱を帯びて収集が付かなくなっているようである。

一際大きな怒声が響いたと思うと、警邏隊と街の青年たちの争いが乱闘騒ぎに発展しようとしている瞬間だった。

しかもその場所は櫂斗がいる店のほど近くであり、樂は溜息と共に彼らの状況をぐるりと見回した。目立つようなことは嫌いだが、今回ばかりは仕方ないだろう。

少なくとも繁華街の近くではないだけマシである。そう自分を納得させて、彼は騒ぎの中心に向けて足を踏み出した。


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