・指先に秘密



 冬の夜。冷えた空気が身を強張らせ足早になる。その度に隣の存在に合わせて一歩を丁寧に合わせる。視線を上げると澄んだ空に光る星。あれは何かの星座の星だろうか。
「あ〜。さみー。セントラルも雪、降るんだな」
昨日まで降っていた雪は止み、そのまま凍った歩道と、雪かきで出来た白い小山を避けながら、私達は暗い道を歩く。
「ああ。だが、イーストよりは少ない。道路の雪かきが必要な程積もるのは稀だ」
「積もらない場所の方が寒いって噂もある」
わざと雪の残る端を歩きにくそうに進む、斜め前の赤い小さな後ろ姿。よろけるたびに、反射的に手が出そうになる。
 ずっと敵対心を剥き出しにしていた少年は、最近になってようやく普通に接してくれるようになった。
 それまでは顔を合わせるたびにあからさまに嫌な顔をし、注意すれば反抗し、茶にでも誘えば一蹴され。過敏すぎる彼の私に対する反抗的態度は、二度目の邂逅。兄弟が国家錬金術師試験を受けにイーストに出て来た時から始まった。そこから数年。成長はすれど頑なな態度は変わらなかった。

「今日の店、肉がうまかったなあ」
エドワードが上機嫌で呟く。
「君は肉だけで無く野菜も食べなさい。まあ、気に入ったならまた行こう」
エドワードを連れて行ったレストランは肉を中心とした重めのメニューが多く、育ち盛りには大変喜んで貰えたようだ。
 ここのところエドワードがまめにセントラルに戻るようになり、顔を出す時間が増えていた。早めの反抗期は過ぎたのだろうか、最近は司令部の外でも一緒に過ごす。
 エドワードを食事に誘うと、弟のアルフォンスが喜ぶ。兄がきちんと栄養を摂る見張りになると。食事はせずともアルフォンスも来て一緒に過ごせば良いと思うのだが、なぜか遠慮されている。言い訳としては『食べないのに席を取ってしまうと、掻き入れ時のお店に悪いから』と言うが、さて。
「それでさあ、さっきの続きだけど。ウエストシティの錬金術師が書いた『錬成の際に材料から差し引いて、過多な質量で経年変化を載せ替える』ってやつだけど、やっぱりおかしいと思うんだ。等価にならない」
食事の途中で振った研究の話は彼の気を引きすぎてしまった。議論に夢中になりフォークを握る手が止まってしまったので、その場では一度中断させた。
「審査は通っているようだが」
「誰だチェックしてるのは。国家錬金術機関はザルかよ!」
エドワードの意見も分かるが、上には上の理屈がある。コネか何かだろう大人の事情など、と言っても聞き入れてはくれなさそうなので話題を変える。
「アルフォンスは? 今日はどうしているんだ」
「図書館行って、その後公園に行ってると思う。お腹の大きい猫がいるって気にしてた」
「相変わらず優しい子だね」
「大佐はさあ、アルのこと誉めるよなー。まあ、自慢の弟だけどさ」
もしかして焼きもちだろうか。最近のエドワードはこんな事まで言うようになった。くすぐったくも嬉しい気持ちについ調子にのる。
「アルフォンスは優しくて冷静で、とても優秀な子だと思っているよ。君も・・・いや、冷静では無いな」
「褒めてんのかどっちなんだ」
「鋼のは、強いな」
(強い。だから不安になる)
エドワードは明るい印象に隠れがちだが正義感も感受性も強い。何もかも背負ってたった一人の弟のためならすべてを投げ出してしまうのではないか。表情ばかりが大人びて成長する姿に心配は増すばかりで。
「おう!その調子その調子。もっとオレの素晴らしさを誉めるとこあるだろ?ほら、ほら」
「鋼の!」
「わっ!」
褒められていい気になったエドワードが、こちらを向き直ろうとして足を滑らせ転がった。尻もちをつきひっくり返りそうな勢い。
「いてて。ここちょっと滑る」
「気をつけなさい」
助けなくても勝手に起き上がるのは知っている。でも、私は彼に右手を差し伸べる。
「・・・大丈夫だよ」
少し気まずそうにしながら、エドワードは左で私の手を取る。小さな手をしっかりと握って体を引き上げ、コートを軽く払ってやって、そのまま歩き出す。
 二人きりの時に、司令部以外でならば彼は私と手を繋いで歩くことを許す。
「ここの道、北側だから昼の間に雪が解けないんだな」
「君の錬金術でどうにかするか?」
「キリが無い。分かってるから軍だってこの程度じゃ動かないんだろうし」
手を繋いでいるとバランスも取りにくいし、歩きづらい。これは『言い訳』なんだ。

 初めて彼に手を伸ばしたのは、数週間前。手袋を忘れて左手の先が寒いと言った、その白い指先を両手で包んだ。嫌がって、すぐに振り切るだろうと思っていた。だが、驚いた顔。こちらに向けられる憂いと困惑。求める自分を抑えるかのような金色の眼差し。何も言わずに繋いだ手から彼は視線を外した。まるで目の前で行われた悪いことを黙認するかのように。
 それから、二人で会う時に、帰り道に何かと言い訳をつけて手を繋ぐ。私の右手と、彼の左手。その事に対して私も言葉には出さないし、エドワードも触れない。言葉にしたら終わってしまう。それを私も彼も知っているから。
 私が抱く『愛しい』感情。誰よりも特別な存在。胸の中を掻きむしるような渇望は上手く隠せているだろうか。では彼は? エドワードが何を思い、私と手を繋いでいるのかはわからない。だが、今日も彼は手袋を忘れて、寒そうに小さな掌を握っている。私の手を誘うように。
「まあさー、アルがもうちょっとセントラルに居たいって言うし、次の目的地が定まらないからまだ動けなくっって。雪も降るしほんと、困るよなー」
 言い訳を並べる彼は少し饒舌になる。後ろめたさか照れなのか。
「ではまた。書庫の鍵が必要な時は早めに連絡を」
「そうだな。たまには司令部の中で探そうかな」
 君は真っ直ぐの道を。私は左へ。いつもの交差点で立ち止まる。このまま抱きしめてしまいたい。腕の中に閉じ込めてしまえたらどんなに。
「あのさ、明日は多分、昼くらいに行くと思うから」
「こちらは昼前から会議なんだ。もし私がいない場合は、中尉に鍵を預けておくよ」
「そっか。わかった」
昼食を一緒に、というつもりだったのだろう。予定通りにならず焦りが見える。
「明後日の夜は定時から少し遅くなるが、君の予定が空いていたらまた夕飯でも。美味しいグラタンの店がある」
「グラタン! 空いてたらな。空いてたら行くよ」
期待を、未練を隠せない子供。自分の事となると、まるきり不器用だ。ただ、手を繋いで歩く。繋ぎ続けていくことの難しさ。隣にある金色の小さな頭。歩幅を合わせてすこし遅く歩く特別な時間を、私達はいつまで続けられるのだろう。
「じゃあ大佐。またな」
「おやすみ。気をつけて帰るのだよ、鋼の」
 手を離し、私達はそれぞれの帰路に付く。また、次に出会うために。手を繋げる事を期待して。


2018/1/14 ぺーぱーより


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