*自分の目からは見えない病とその症状

 ここ最近、私の眼の前には異変が続いている。あの、どんなに口を酸っぱくしても連絡しない、司令部に寄り付かなかった鋼の錬金術師が、連日執務室に顔を出している。しかも用事があるとかないとか言いながらずっとここにいる。
「なあ、鋼の」
「なんだ」
「その、あまり見つめられると流石に照れるんだが」
「気にすんな」
「気にするだろ」
来客用のソファーから、ひどい時は椅子を持ってきて正面から、ずっと私を見ているのだ。
 最初は書類を待っている間、本を読む合間に盗み見ていることに気がついた。何か思うところがあるのかもしれないと思い放置しておいたら、いつの間にか本は横に置いて隠すことなくこちらを見ていた。
「鋼の?」
「ん?」
「ん?ではないよ。何か用があるのか?」
「いや、別に。大佐は忙しいんだから仕事続けなよ」
こんな感じでのらりくらり。どうして見ているのかと問いただしても、減るもんじゃねえし、いいだろと再びこちらを見つめている。
(一応、見ていても嫌にならない程度には好かれているのだろうか)
 茶に誘おうが食事に誘おうが一蹴される。注意も聞かない。態度はいつでも反抗的。不慣れな敬語も最初だけだった。いつからそんなに嫌われたのかと落ち込みもしたが、まあ、子供の自分を軍の狗にした大人に良い印象などはないだろう。それでも、私は声をかけた責任だけでなくこの兄弟を見守り後押ししてやろうと決めている。彼らが目的を果たすまで、道のりは長かろうとも。
 刺さる視線が気になってしまい、ペンの手を止めて顔を上げる。鋼の錬金術師、エドワード・エルリックはまだ十五歳だ(そして標準より小さいなどと言おうものなら激昂する)。まだあどけない作りの顔は、すでに整っている。真っ白な肌はきめが整い滑らかで、頬はほんのりと色づいて触れたら柔らかそうだ。はっきりとした目鼻立ち。強い印象の瞳は薄い茶、いや、金色に近くとても珍しい。大きな目を縁取る睫毛がぱさぱさと羽ばたく。
「何でこっち見てんだよ」
「いいだろ少しぐらい。減るもんじゃないのなら」
見るのは良いが見られるのは苦手なようだ。視線を合わせていたら相手が根負けした。照れを不機嫌そうな表情で隠して、ふいと視線を外した。それでも、私の眼の前から動くつもりはないらしい。
 その後も、集中力が切れそうになると顔を上げて鋼のを見た。目が合って照れた彼がとても可愛いのだ。あんな表情は今まで見たことが無い。数回繰り返していると慣れてきたのか負けるのが嫌なのか、耐えるようになった。静かな執務室で見つめあう大人と子供。なかなかにシュールだ。鋼のは表情を硬くしているが視線は外さない。ああ、その視線も意志の強い君らしい。
 照れる表情も可愛いが、もっといろいろな彼の表情を見てみたいと欲が沸く。睨んでも睨み返されるだけだろうから、ちょっと笑ってみた。
「なっ、何だよ!」
そんなに驚くこともないと思うのだが、鋼のは真っ赤になって動揺している。
「鋼の。コーヒーが飲みたい」
「自分で入れて来いよ」
「君が何を考えているかは分からないが、見物料くらいは払ってもいいだろ。それとも、君が本を読んでいる様子を私も同じ時間だけ見ていていいかね。等価交換としては分かりやすいと思うのだが」
 鋼のはしぶしぶ立ち上がって、コーヒーを入れに部屋を出て行った。


「ほらよ」
しばらくして戻って来た彼の手には、カップが二つ。一つを私の机に置いて、ポケットをごそごそと漁ってから隣に赤い包み紙の飴を二粒並べた。
「これ中尉から」
「珍しい」
「本当はオレに『大佐を見張ってくれててありがと』ってくれたんだけど、半分やる」
ホークアイ中尉から見たら結果的にそうなのかもしれないが、これはちょっと言い過ぎじゃないのか。
「いつでも私が隙あらばサボろうとしているみたいじゃないか」
「サボれないからここにいるんだろ。ほら、仕事しろよ」
おや。これは庇ってもらえたのだろうか。私はカップを取って軽く上げる。
「これを飲んでからね。ありがとう」
中身はいつもの不味いコーヒーだ。だが、少しだけ美味しく感じる。
(たまにはこんなことがあってもいい)
 また、いつでもここへおいでなんて厚かましいこと言ったら気難しい彼は帰ってしまいそうで、私は何も言わずにゆっくりとコーヒーを味わった。

     ***
「あの、大佐」
 夕方になってハボック少尉が書類を持って来た。とても言いづらそうに話を切り出す。
「あんまり執務室で、その、大将といちゃいちゃしてるのはどうかと思うんですが」
「は?。お前は、私が鋼のといかがわしいことをしているとでも思っているのか?相手は子供だぞ、大丈夫か?」
とんでもないことを切り出されて、思わず口調が強くなる。
「いえ、いかがわしいことをしてなくてもですね、こう、いちゃいちゃされていると部屋に入りづらいという苦情が」
「どこから苦情が?」
「あの、まあ、周囲から…」
ごにょごにょと言葉尻を濁す。上の人間から伝えて来いと言われた立場なのだと気がついた。
「私たちが何もしていないのはお前だって知っているだろ。何度か書類を取りに来ていたのだから。鋼のが一方的に私を見ているだけなのも知っているはずだ」
「いやー、入りにくいっすよ、正直」
いきなり砕けた。いつもの口調は少尉の本心だ。
「大佐は大将のこと大事にしすぎなのは分かっていても」
「ハボック。彼はここにいるだけで邪魔はしていないよ。おかげで仕事も捗っているし、何が問題なのか」
ハボックは困ったように頭を掻き、あーだのうーだの繰り返す。
「じゃあ大佐、もし俺の仕事が捗るからって、俺の恋人が隣に座って見つめてたら、どう思いますか?」
「お前、まず彼女がいないだろ。それにその彼女は軍関係者か?。私と鋼のは恋人同士ではないので前提から間違っているな。大体、子供に対して皆厳しすぎる。鋼のは国家錬金術師だが、まだ十五の少年だぞ」
冷静に返すとハボックは一つため息をついて部屋を出て行った。ドアが閉まる前に誰かに向かって『だめでしたぁー』と叫んだ声が聞こえた。そういうのは閉まりきってから声にしたほうが良い。

 おかしなことを言うものだと腹立たしかったが、時間が経つにつれ、部下達に私と鋼のが恋人のように仲睦まじく見えていたのかと思うと可笑しくなってきた。あの鋼のと?私が?。想像すればするほど可笑しい。まあでも、私と鋼のが付き合ったらどうなるだろうと考えるのはあまりにも非現実的で楽しいと気がついた。
 彼はまた私を見に来るのだろうか。ちょっと美味しい焼き菓子でも出したら喜んでもらえるだろうか。ありえない空想に花を咲かせて、私は明日を楽しみに待つ。


2017/3/20 ペーパーより

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