月見バーガーから浮気したら怒られた


夏が終わったと思ったらいきなり中秋の名月。今朝、新聞を読んで知った。何でも数十年ぶりに早いのだそうだよ。そして次の日は今年最後、三回目のスーパームーン。三回もある年も珍しいんだとか。

秋になって満月を見る頃に、CMに誘われるように月見団子でなく月見バーガーを食べるのがここ数年の習慣となっている。いつも月見バーガーだからたまにはとケンタッキーの月見ツイスターとチキンを買って帰ったら、先に帰宅していた恋人に『それは浮気だ』と怒られた。納得がいかない。
おかずを買って帰るという私からの連絡に、米を炊き味噌汁を作ってくれていたのだ。おかずなのにハンバーガーが来た方が困るんじゃないか?ハンバーガーをおかずに米を食べる事になるんだぞ?。その怒りもチキンで腹一杯になって、ビスケットを齧る頃にはもう忘れているようだから許してやろう。エドワードはメープル風味のシロップを垂らして慌てて指を舐めている。ああ、なんて可愛らしい。

エドワードが高校生の時に私達は偶然出会った。満月の夜に付き合い始め、大学に進学した頃から彼は私の家に泊まるようになった。今は週の半分を一緒に過ごしていて、ほぼ同居状態にある。
一度、ご家族にも挨拶に行った。彼は酷く嫌がったが、どうしても会っておきたかった。彼と一つ違いという弟は、利発でとてもしっかりしていて、私達の関係をあっさりと見抜いており冷静に指摘されてしまった。
『だって、兄さんはあなたの事ばっかり話すんですよ。しかもデレっデレで。気付くなって方が難しいです』
すみません。としか返せなかった。エドワードが隣で真っ赤になって怒っていたのも良い思い出だ。
その後はとても仲良くさせていただいている。本当に、このままエドワードを嫁に貰えたらと何度も考えて、その度に気持を落ち着かせる。若い彼の未来を私が決める事は出来ないのだから。

風呂上がりに窓際で月を見上げる。煌々と輝く月は黄味がかっていて、薄く雲を纏いとても優しい姿をしている。月の重力は地球の1/6。その薄い重力に引き寄せられた縁だと思うと、私達の奇跡的な確率も頷ける。なーんて、また柄にも無いロマンチストが発動しそうな夜だ。
「出たよー」
彼も風呂から上がったらしく、頭を拭きながら寄って来た。ハーフパンツにTシャツの油断しきった格好。すっかり見慣れたが、最初の頃は可愛くて可愛くて悶絶しっぱなしだった。もちろん今も可愛い。
「ああ、月を見てたのか。でっかい?」
「大きいよ。ほら」
隣に座って空を見上げる。おおー、と感嘆の声。
「ロイさんがオレに好きだって言ってくれた夜も、こんな月だった」
彼の中では私から告白した事になっているらしい。もうそれで良いと思う。小さな頭を両手で包んで、髪をタオルでわしわしと拭いてやる。金色の髪はしっとりと密の色で月の光を反射する。
成長盛りの彼は毎日変化している。少年から青年へ。曖昧な骨格がだんだんとしっかりしてきて、顔つきも精悍になってきた。背だって伸びた。美しく成長し過ぎて、このままではいつか月に帰ってしまう。そんな悲しい気持になる。彼はまだ若い。この先、パートナーに女性を選んで家庭を持つ事だって出来る。その可能性は捨てて欲しく無い。だが、考える度に私の胸は死にそうな程に痛む。
「エドワード」
堪らなくなって後ろから抱き締めた。エドワードが何かに気付いて私の手をあやすように撫でる。
「また下らねえ事考えてたんだろ。オレはあんたと別れねえからな」
「別れたいなんて考えた事は一度も無い。ただ、君には可能性が」
「あーもうそれ散々言い合ったから飽きた。そんな事より」
ごそごそと向き直って、ぎゅっと抱きつかれる。私も愛しい体を抱き締める。
「オレの誕生日まであと一ヶ月」
「一ヶ月以上あるじゃないか」
「も、待てない」
押し付けられる唇。柔らかな誘いに応じて、ゆっくりとキスを繰り返す。エドワードの手が私の体を撫で始めたので、そっと掴んで止めさせる。
「駄目だよ。エドワード」
「いいじゃん。もうすぐなんだし」
「君が成人するまでは」
「もう何年待ったと思ってんだよ!ギリギリ近い事はしてんだから、先に進もう!最後まで!!」
「駄目」
「そういうクソ真面目な事言ってると、本当に愛想尽かすぞ」
「それはいやだ」
「じゃあお詫びに、黙ってじっとしてるだけでいいよ。寝てる間にオレが勝手に色々しましたって体で」
「駄目。エドワード、頼むから」
若い性欲を落ち着かせるのは並大抵な事ではない。性欲は性欲でしか解決出来ない。こうした彼からの魅力的な誘いに少しずつ切り崩されながら、私達の関係はじりじりと進んでいた。彼に触れる事のできる喜びと罪悪感。どちらも私を悩ませる。
「しょうがねえなあ。も、寝よ。な?」
ぶら下がるようにぎゅーっと抱きつかれたので、そのまま抱えた。こうして揉めた後はエドワードが甘えてくれて、話を終わらせる。私はベッドまで運んで諸共なだれ込んで彼を抱きしめたまま一緒に眠る。今日はその前に少しだけ彼と戦って、若い熱を鎮める事になりそうだが。
明かりを消しても窓から差し込む月の光は強い。ベッドに横になり、エドワードは薄明かりの中で微笑む。
「満月の夜に血が滾るってのは、本当かも」
今夜はいつもよりも面倒な事になりそうだ。と、考えているうちにエドワードのキスに襲われる。
「経験豊富で遊んでそうにも見えるのに実はこんなにクソ真面目で、不器用で後ろ向きなおっさんなんかもう誰も手に負えないと思うよ」
「酷いな」
「オレなら幸せに出来る。だから結婚しよ。あんたが幸せにならないとオレも幸せになれない。そもそもオレの結婚に囚われ過ぎ」
「私達は結婚できないじゃないか」
「出来るよ。出来る国に移住する。でないと、あんたはいつまで経ってもオレの事を諦めてなきゃならなくなる」
「私も移住するのか?」
「当然だろ。一緒に居る為に手段なんか選んでられねえよ」
仰向けの腹の上に乗っかって、私の顔を覗き込む。額に落とされる、ちゅ。という甘い音。
「そうでもしなきゃ、あんたは腹括らねえからな。オレの事が好きで好きで大好きで、オレが居なくなったら生きて行けねえ癖に、何でそんなに意地っ張りなんだか」
「……酷い」
胸の奥が痛い。心臓を鷲掴みにされて、強く握られているような息苦しさ。残念ながら、彼に言われた通り私はもうエドワードが居ないと生きて行けない。こんな風に何度も何度も口説かれて、君に落ちていない訳がないだろ。愛しくて美しくて男前で強くて。魅力的なエドワードの代わりなんてこの世界に居るものか。
「だから、ちょっとだけ、しよ?」
「それとこれは別」
「もうオレ勃起してるし」
「今までの会話にそんな要素あったか?」
「あんたが犬みてえな困った顔してるだけで、十分に」
いやらしい事を期待するにやにや顔に肉食の目が爛々と光って、まるで狼のようだ。月夜に狼。君になら骨まで食われてもいい。が、上は譲らない。
「その誘い方は狡い」
抱き締めて乱暴に組敷き、白い首筋に歯を立てる。それだけでエドワードはもうとろけたような顔をするから堪らない。私の中では理性と欲望がじりじりと距離を詰めて戦いは始まっている。
「少しだけだぞ」
「全部でもいいのに」
いつまでも子供だと思っていたのに立派な一人前の男の顔をして、しかもこんなプロポーズまでされて君に勝てる訳が無い。このままだと本当に移住計画を実行されてしまいそうなので、きちんと話し合わなければ。無駄なあがきはやめて私が出来る事の全てで君に尽くして生きて行きたいと。
窓の光が眩しいと訴えるエドワードの瞳は黄金に輝く月の様で。私は最初から月に囚われていたのだとやっと気付いた。

2014/9/13

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