秋は月見バーガーだったはず
※前に日記に書いた「秋は月見バーガー」の続き。流石にこれ以上は続かない(笑)。



昨年の秋、ひょんな事から自分の年の約半分の友達が出来た。
相手はまだ高校生だと言うがハイティーンにしては幼い容貌、しかし整った顔立ち。金色の長い髪を一つに括って尻尾にし、ぴょこぴょこと動き回る。彼の名はエドワードという。

人懐こい彼に気に入られた私は、その場でメールアドレスを交換した。年も離れているし、出会った時のノリと勢いだけなら自然消滅かと思いきや、それからかなりの密度を持った交流を続けている。あれは去年の九月だったから、もう八ヶ月になる。

彼からはほぼ毎日メールが来る。「おはよう」とか「おやすみなさい」といった挨拶や、「今日の昼は焼きそばパン。うちの購買のパンは結構うまいんだ。ロイさんは何食べてんの?」なんて他愛無い内容だが、忙しい毎日はそれらにとても癒されている。私も時々返すが、タイミング良く気付いた時は秒で返事が返って来たりして可愛いものだ。懐かれている実感が大きいとつい甘やかしてしまう。例えば、食事をおごってやりたいとか、行きたい所に連れて行ってやりたいとか。
早めに帰宅出来る時には待ち合わせをして、マクドナルド以外で一緒に夕飯を食べる回数も増えた。繰り返している間に休日に映画に誘われるなどして、食事だけでなく一緒に出かけるようになった。映画館に美術館。プラネタリウムも遊園地も行った。彼の提案はデートスポットのような場所が多い。やはりそういった事に興味があるのだろう。今はまだ彼女はいないようだが、いつか来る日の為の予習なのだろうと思うと少しだけ寂しい。でも今は私とのデートみたいだと勝手に思っている事は秘密だ。

エドワードはとても賢い。勉強ができるというだけでなく、頭の回転が速い。知識も豊富で、今の子はこんな事まで知っているのかと感心してしまう。とにかく一緒に過ごしていてとても楽しい。ジェネレーションギャップですら会話のネタになる。
年が離れていても、生活環境や立場が違っても、彼は私にとって大切な大切な友人になっていた。




「ロイさん!」

少し不機嫌な声は、私に対しての抗議だ。

「飯とかさあ、おごらなくていいんだってば。オレだってバイトしてんだから、自分の分は払えるって」

私の隣から睨むエドワードを、すれ違う人とぶつからないように内側に入れて夜の街を歩く。
彼はおごられる事を嫌う。しかしおごる事は良いらしいという、意外と男らしい性格をしている。いいじゃないか少しくらい。君を甘やかさせてくれよ、私の欲を満たすために。男というのはそういう生き物なんだ。君だって男なんだからわかるだろ?。
今夜はパスタが食べたくて、バイト帰りのエドワードを誘ってイタリアンの店に入った。グラス程度だが飲んだワインも美味しかった。勿論、未成年にはオレンジジュースで。
胃も満足だし、気持ちも満足だ。エドワードは食べっぷりが良いので見ていて気持ちがいい。全てを満たされて今夜は本当に気分がいい。

「次!次はオレがおごるからな、ロイさんは何が食べたい?」
「うーん、チキンタツタかな」
「安い!却下!」
「いいじゃないかチキンタツタ。好きなんだから」
「あんまり酷い食生活送ってたら、オレが飯作って無理やり食わせるからな!」
「ははは。それじゃあ罰にはならないな」

君と出会ったマクドナルド。秋は月見バーガーだったが、今のキャンペーンはチキンタツタだ。また一緒に食べてくれたら、それだけで私は嬉しいんだよ。

「最近、学校はどう?授業が眠くて辛いって」
「うーん、現国がニガテ。夏目漱石やってる」
「こころ?」
「そう。話自体が好きじゃない。ダラダラ悶々してて」
「名作かどうかでなく、興味が持てない題材は辛いね」
「ロイさんは面白いと思った?」
「うーん、その時はそんなものかと思ったが、大人になると色々思うところが重なって、興味深く読めるよ」

夏目漱石と言えば、I love youを「月が綺麗ですねとでも訳しておきなさい」と言った話は有名だ。
月見バーガーを食べてエドワードと出会ったあの夜も、月は出ていた。大月見の販売はスーパームーンに引っかけたのかと思ったロマンチスト思考が恥ずかしかった。
そう言えば、今年も連休中にスーパームーンじゃなかったか?。いつもよりも14%大きく見えて、30%明るいらしい。あれから調べたら、月が地球に一番近づくのは一年に一度あるとの事。ただ昨年のは特別で、特に大きかったみたいなんだ。今年もなかなか大きいらしい。昨年から比べて-1%程なので遜色は無いだろうと書いてあった。肉眼で1%の差を認識する方が難しいと思う。
ならばと立ち止まって空を探すと、月はビルの向こう側に上っているようだ。ふわりと優しい光が奥から控え目に漏れている。おぼろげな記憶で一昨日が最大だったとしても、今夜だってそこそこ大きいはずだ。エドワードを手招きして、大きな看板に邪魔されないよう裏路地の静かな道へと進む。

「なあ、スーパームーンって知ってるか?」
「月と地球の距離が近いってやつだろ?いつだっけ」
「たしか一昨日だった…かな」

やっぱり知っていたか、ニュースで何度も流れていたしな。上を見上げて歩いていたら、丁度ビルとビルの間に煌々と輝く丸い月が現れた。金色でキラキラして透明感があって、まるでエドワードの髪の色のよう。

「ほら、月が綺麗だよ」

君と私の縁に月はたくさん関わっているように感じるんだ。君と出会ったのも月見バーガーのおかげだし。
この年から出来る友人はとても貴重だ。そして彼と出会えて良かったと心から思っている。今夜くらいはそんな照れくさい気持ちを伝えてもいいかと思って振り向く。

「…エドワード?」

エドワードは私から少し離れた場所に仁王立ちになって、顔を真っ赤にしてこちらを凝視している。何かあったんだろうか。

「お、おおお、オレも!。オレも、ロイさんの事、すっ好きだから!」

いきなりの告白に思考が固まったが、すぐさま思い出す。さっき私は、夏目漱石からあのセリフを思い出して、その後現れた月が奇麗でそのように告げた。思い当たっていたのは私だけでは無かったという事か。

「ずっと言うのどうしようか迷ってたんだけどさ、言いたい事言えなくて後悔すんのやだ。オレはそんな程度じゃ自殺しねえけど」

それはこころの先生の話だな。漱石も月見バーガーも一緒くたな色気の無さを許して欲しいが、ここから急な告白を察知しろというのは難しい流れだと思うんだが。いや、ある意味私の言いたかった事も告白か。状況を整理している間も、私が考えていなかった分岐から彼の思考が猛スピードで走って行く。

「男同士だしダメかなって思ってたんだ。でもロイさん優しいのか思わせぶりなのかよくわかんねえし。あーでも、良かった。良かった…!。ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!」

どうしよう。これ、今から否定できる雰囲気じゃないぞ。目の前ではエドワードが道の真ん中で、酔っぱらいみたいな勢いで万歳三唱を繰り返している。

「エドワード、その」
「あー、いっぱいデートスポット調べて良かった。頑張った甲斐もあったってもんだな」

やはりあれはデートだったのか。私はいつからこんなに色恋に疎くなったのだろう。
ああ、困った。本当に困っているのだが、その。顔が緩んでしまうのはどうしてだ。

「じゃあさ、オレと付き合ってくれませんか?。ぜってー浮気しないし、寂しくもさせねえよ。その…男同士以前に、誰かと付き合うの初めてだからわかんない事はいっぱい聞くと思うけど」

そんな可愛い事を言われて誤解だなんて誰が言えるだろうか。
結局の所、私だって彼の事を大好きになってしまっていたのだから。

「宜しくお願いします」
「こちらこそ!。早速だけど、呼び捨てでもいいか?呼んでみたかったんだ。ロイ。うぎゃー照れる!照れるっ!」

やはり満月の夜は人知れない力が働いているのかもしれない。秋は月見バーガーで、今年もスーパームーンで、学生の友達が出来たと思っていたら、紆余曲折で彼氏ができました。相変わらず馴れ馴れしくてとてもかわいいですよ、次はチキンタツタを食べにいきますよ、という満月の夜の話。




20120507

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