クリスマス予行練習を繰り返してそろそろ本番
※日記小話の中の「クリスマス予行練習」の続き





冬の酷く寒い夜。真夜中に毛布にくるまって、ガンガンに暖房をたいたリビングのソファーでうつらうつらと船を漕ぐ。ああ、いかんいかん。部屋を暖かくしていると、つい睡魔に負けてしまいそうになる。

外は風も強いようだ。時折カタカタと窓が冷たい音を立てている。晴れて月が出ていたから雨や雪にはならないようだが、冬の晴れた夜は放射冷却でとても寒くなる。朝は窓に霜も降りるだろう。
日付も代わり丑三つ時。そろそろなんじゃないかと温くなったコーヒーを啜っていると、二階の部屋から大きな物音がした。

「やっと来たか」

毛布を畳んで端に置くと、慌てるでもなく立ち上がり、私は階段を上がって寝室に入る。部屋の電気をを点けると、そこには、ベッドの中にあらかじめ用意しておいたダミーの人形と赤い塊が仲良く網に掛かって動けなくなっている。

「やはり窓からか」
「ひでえ!寝室に罠仕掛けておくなんて!」
「他人の家に勝手に侵入する奴には何も言われたくないな」

この、網に引っかかってもがいているのはエドワード・エルリック。男同士だが私の事が好きなのだそうだ。好きだ好きだと検討違いなアタックを繰り返し、私はそれを拒否する。そんな状況ももう四年を過ぎて、彼も二十歳になっていた。

「今年は遅かったな」
「仕方ねえじゃん。北はよく汽車が止まるんだ。それより、網から、出たいんだけど…なんだこれ切れねえ!」
「軍で新しく開発された鋼線入りワイヤーの網だ。素手では切れんよ」
「自宅に仕掛けるなんて、職権乱用だぜ」
「この家で私の許可無く行動しないと誓うなら出してやる」
「もー何でも言うこと聞いてるじゃん。裸エプロンでも屋外プレイでも」
「どれも頼んだことすらないな」

網から出してやると、赤い服は昔の彼のトレードマークではなく、サンタクロースの衣装なのだと今更気付く。赤いコート姿も随分と見ていない。久しぶりの色に懐かしさが浮かぶ。
弟の体と自分の右腕を取り戻した彼は、既に『鋼の錬金術師』ではない。戦いを終わらせた彼は資格を返上して西へ東へと飛び回り、研究者として多忙な毎日を送っている。セントラルへ戻って来るのも稀だ。なのに乗り継ぎのついでに司令部に寄っては、飽きもせずに私を口説き続けてきた。
文句を漏らしながら衣装を脱ぐと、引き締まった細身の体が際立つ。黒のニットにグレイのズボン。こんなに軽装で寒くなかったのかと心配にもなるが、あまり口にすると調子に乗るので黙っておく。背は少し伸びた。顔つきも精悍になり、青年らしくなったと実感する。彼と出会ったのはもう十年も前の事だ。幼くて小さくて頼りなくて。しかし、その目にはしっかりと焔を宿していた。

「そんで今年のクリスマスなんだけど」
「夕飯は食べたか?」
「まあ、帰りの汽車の中でアルと。で、クリスマス…」
「こっちへ」

わざと言葉を遮って、ぶっきらぼうに彼をダイニングへと促す。

「座りなさい。アルフォンスは?」
「リゼンブールに戻った。なあ、クリスマスなんだけど」

テーブルへつかせてからも、私のペースを無理に押し付けて、彼からの会話を続かせない。これは嫌がらせだ。私を待たせた罰だ。思い知れとばかりに無言で料理を並べると、鋼のは驚いた顔をしている。

「え、これ」
「夕食を済ませたとしても、君なら食べられるだろう?。あーあ、遅いからスープが煮詰まってしまった。鶏も乾いてる」

料理の匂いが漂って、私の胃もきゅうと鳴りそうになる。鋼のの顔がぱあっと明るくなって、私の顔とテーブルを交互に見る。忙しなくて鳥みたいだ。

「食べたのは夕方だったから、すげー腹減ってんだ。うれしいなあ」
「ほら、サラダも」
「大佐は食わないのか?」
「食べるよ勿論」
「事前に言ってくれたら、時間も守って婚約指輪買って来たのに」
「そういう余計な物が要らないから、連絡したくないんだよ。普通に訪ねてくれば良いものを」
「でも、ありがとう。待っててくれるなんて思ってもみなかった」
「君が不法侵入してくると思うと、おちおち眠ってもいられん」

少し高めの声のトーンが落ちて、心からの感謝の言葉にこちらが赤面しそうになる。ごまかすようにワインを開けて、二つ並べたグラスに注ぐ。

「いいのか?ワイン。前に大佐が飲んでたやつを間接キッス目的で奪ったら、すげー怒ったじゃん。『未成年が飲むんじゃない』って」
「今は飲めるだろう?もう成人したんだから」
「誕生日まで覚えてくれてたのか。オレらもう添い遂げるしかねえよな」
「そうかもしれないね」
「へ?」
「さ、乾杯だ。クリスマスと、成人した君の誕生日に」
「ええええ今の何!何言った!もっかい!もっかい!」

返した言葉は流してはくれなかった。美味しそうに鶏を頬張ったり私の言葉を聞き返したりと落ち着きの無い彼にワインを勧める。グラス一杯で既に顔が真っ赤だから、もう少し飲んだらつぶれてしまうだろう。
ワインで足止めして、今夜はゆっくり寝かせて、明日の朝起きたら、この家の合鍵と共に君に私の気持ちを彼に伝えよう。それを本当に受け取って貰えるかは分からないが、この四年の間に蓄積していた感情は思いの外重くて密度が高くて、もう抱えてはいられない。この感情で苦しくなったのは君のせいだという事を、きちんと伝えておかねばならない。

「鋼の。ここでこのまま寝るなよ。二階の客間まで自力で上がれよ」
「なにー。ほんとなにー。もっかいー」

鋼のの発音が怪しくなってきたので、寝てしまうように促す。そろそろ予行演習はおしまいにして、本番のクリスマスを迎えよう。グラスを揺らせば深く濃い赤。君のあの鮮烈な赤程ではないけれど。私はそれを一気に飲み干した。







2011/12/24

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