中二病こじらせるともう大変
※現代パロディ





「そこに座って」

低くてちょっと甘めの声が響く。オレは背後のドアを閉めて、促されるままに折り畳みイスを引いて座った。小さな机を挟んで相手との距離が近くなる。
ただでさえ狭い部屋に小さな机と折り畳みイス。殺風景過ぎてここが警察の取調室だと言われても納得しそうになる。まあ、本物の取調室に入った事が無いからわからねえけど。他所の学校も進路指導室ってこんなに狭いのかな。こんなとこに入れられたら、圧迫感に何でもはいって答えそうなんだけどそれも計算しての設計なのか?。

「そんな緊張するな。話があると言っても、個人的に話がしたかっただけなんだ」
「担任に呼び出されて、何とも思わねえ奴の方が少ないと思うけど」
「ははは。君らしい。それだけ返せたら十分だ」

先生は机の上にジュースのパックを二つ置いた。売店で売ってる90円の、やたら甘い果汁0%のフルーツジュース。オレを気遣ってなのか、それともこれから始まる尋問の為の賄賂なんだろうか。迷っていると先生は自分の分を先に飲み始めた。薄い唇が細いプラストローを銜える様は、クラスの女子だったらきゃあきゃあ言って眺めてたかもしれない。でも似合わねえなー、パックジュース。オレも続いてストローをパックに刺す。
こいつはオレの担任の増田先生。いつもは増田って呼び捨てにしてるけど。高校に入ってからのクラス担任で、年はまだ若い。確か三十くらいか。女子に人気が高いのはなんとなくわかる。地味だけどいつも清潔にしてて、さり気なくオシャレにしてたりするからだ。短かくて黒い髪も細いふちの眼鏡も、特別ってわけじゃないのにな。なんかずるい。
正直、あまりコイツは得意じゃない。そのいけ好かねえ面もそうだけど、最初っからなんか変に突っかかってきたりして、何がって訳じゃないんだけどやりにくい。

「さて、本題に入ろうか。何故ここへ呼ばれたか、見当はついてると思うんだが」
「寝てたからだろ、アンタの授業中に」
「先生に向かってアンタはないだろう?、エルリック。君が寝てると目立つんだよ。最近、他の授業でも寝てたろ」
「なんだチクられてたのか」
「成績優秀な生徒は目立つんだよ。あと、奇麗な君のその髪も」
「髪は好きで金髪に生まれた訳じゃないんで」

うちの学年に金髪は二人。ハーフのオレと、両親がイギリス人のウインリィだけだ。小さい頃からこの容姿のせいでずいぶんとからかわれもした。家が近所だったから、ウインリィと弟のアルフォンスと三人でよく一緒に遊んでいた。幼なじみってやつだ。
金色の頭が否応無しに目立つのは仕方ないけど、わざわざ担任にまで言いつけなくても。誰だろう。あのつまんない授業の数学教師かな。自分の事は高い棚に置いといて、その不条理のほうがずっと悪事に思える。

「どうした。寝不足か?。悩みがあって眠れないとか」
「悩みがあるなら言ってみろって?、そう言われて担任に相談する人の方が少ないと思うんだけど」
「分かっていても、君が心配だから聞かせて欲しいんだよ」
「どうすんの。ダイレクトに性的な悩みだったら」
「それこそ臨むところだ」

軽く笑って見せるけど、そんな風に簡単に立ち入ってくる所が苦手なんだ。小学校も中学も、先生は距離を取っててもっとドライだった。増田先生が見かけによらず真面目でウエットなのかもしれないけど。

(…他の生徒にもこんな事聞いてるのかな。)

うわっ、今なんか変な事浮かんだ。担任なんだから生徒の心配して当たり前だろって自分で突っ込む。胸がちりりとした気持ち悪さに頭を振る。

「君が心配で、出来れば私に相談して欲しいと思うのは、私の個人的なエゴだ」

心の中を見透かすような言葉に、びっくりしてパックのジュースを握って吹き零した。なっななな何それ、先生はテレパシーで会話できちゃうような人種なんですかまさか。

「零したぞ、エルリック」
「す、すいませ」

先生は自分のハンカチを取り出して、オレの手を取り拭う。触れた長い指に緊張が高まって、今すぐにこの部屋を出て行きたくなる。
先生の背後にある小さな窓からは、秋の夕日がキラキラ差し込んで変に雰囲気がいい。外から時々聞こえるのは野球部の練習だろうか。いくぞーとか、おーとか。帰宅部だけど今はそっちに紛れたい。全速力で走ってここから逃げ去りたい。ああもういやだなあお願いだから帰らせてくれ。

「君は私が嫌いなのかなあ」
「へっ?!」
「担任なんて好かれるものじゃないがね。もう少し信用してくれてもいいかなって」
「先生モテてんじゃん。女子とかに」
「…好きな人に好かれなければ、意味は無いんだよ」

真っすぐに目を合わせながらそんな事言うもんだから、オレの事が好きなのかと勘違いしそうになる。そうか。そんな事してるから勘違いする奴がいるんだきっと。でも、どことなく寂しそうな顔をしてるから少しだけ、ほんと少しだけ、歩み寄ってやってもいいかなって気にもなってきた。

「先生は好きな人いんの」
「まあね、それなりに」
「それ教えてくれたら、オレも話す」
「君が先に話してくれたら、こちらも考える」

それ、どう考えてもフェアな取引ではないんですが。でも、そこでやめときゃいいのにオレの好奇心がうずいた。先生の好きな人の話が聞きたいって思った。

「他言無用って事で」
「勿論、約束は守る」

頷く表情は真剣そのものだったから、オレは腹を決めた。

「最近、変な夢を見るんだ」
「だから眠れない?」
「眠れないっていうか、寝てたいっていうか。続きが気になって仕方ねえんだ」
「悪夢ではないのか」
「悪夢って言うか…。なあ、笑うなよ?」
「笑わないよ」
「オレはどっか大昔の国に住んでるんだ。アメリカってよりヨーロッパっぽいかな。そんで…魔法使いになってる」
「魔法使い」
「魔法使いって言うか、錬金術師ってもんらしい」

切り出した話に、相手は表情を変えなかった。良かった。笑われはしてないみたいだ。

「オレの弟は鎧着てて、まあなんで鎧なのかは後々わかるんだけど。どうやらオレと弟は、旅を続けながら何かを探してる。旅っても優雅なもんじゃなくて、もっと精神的に切羽詰まってて、毎日焦ってギリギリしてる感じなんだ。そのギリギリが朝起きても胸ん中に残ってて、辛くなる時もある。
母さんは死んでるみたいで、親父は鼻から出てこねえ。それは今と似てる。あと、同じ学年のウインリィ。あいつは夢の中でも幼なじみで飼い犬のデンまで出てくる」

先生は、うん。と優しく相づちを打って先へと話を促す。変わらず真面目に聞いてくれている。見据えるその黒い瞳に安心して、するりと言葉が出てくる。

「なんか、漫画とかゲームの世界みたいだよな。そういうのに影響受けてんのかもしれない。でもその夢は全部繋がってるんだ。一つの物語みたいに」
「うん、不思議だね。それで他には?」
「えーと、なんか先生も出てくんだよ。やっぱりオレの保護者みたいな感じで」
「保護者か。家族とか兄弟とか?」
「いや、違う。軍服みたいの着ててよく似合ってた。部下がいて、みんなアンタを慕ってる。美人なお姉さんもいる。先生は若いのに地位が高くて、周囲にいつもやっかまれてるんだ」
「…学年主任は、別に地位が高いから任されてる訳ではないんだが」
「イメージじゃねえの?多分」

結構大変なんだぞ、学年主任は。給料が変わる訳じゃないし。なんて先生が困った顔をするから、ついおかしくて笑っちまった。

「どれも登場人物を実生活と重ねて、中二病全開の子供向けアニメみたいだよな。でもさあ、時系列はバラバラでもちゃんと繋がってて、なんかリアルなんだ」
「そうか。その続きが気になるんだね」
「眠って、続きが見られるんならいつでも見たい」
「でも授業中に居眠りされるのはちょっと困るな。君は成績がいいから他の先生も注意しにくいってぼやいてたんだ」
「その件で増田先生が怒られんなら悪かった。気をつける」
「君は相変わらず男らしいね。ありがとう」

そんな話をしているうちに、下校最後の鐘が鳴った。この鐘から十五分に正門が閉まって、居残りは名前を書かされてすごく面倒な事になる。変な校則だけど歴代の生徒会も変えられなかったようだからしょうがない。

「あ、鐘が」
「仕方ない、今日はこれでおしまいだな。エルリック、話してくれてありがとう」
「こんな事で居眠りすんなふざけてんなって、怒られると思ってた」
「怒る訳が無い。続きが分かったらまた教えてくれないか?私も出ているなんて気になるじゃないか」
「わかった。続き見たら教えるよ。まあ、授業中は寝ないよう気ぃつける」

空のパックジュースを掴んで先に立ち上がる。あ、忘れ物あんじゃん。

「オレ、先生の話まだ聞いてないんだけど」
「今日は時間が無い。私もここの鍵を返さないと教頭先生に怒られるんだ」
「じゃあ続きは今度。無かった事にすんなよ」
「しないよ。君との約束は必ず守るから」

先生の言葉は一々くすぐったい。無駄に気障なんだなきっと。

「エルリック」
「ん?」
「君ら兄弟の探し物、見つかるといいな」
「おう。見つけてくるよ」

まるで自分が何かを探す主人公みたいなノリで答えて、狭い部屋を出た。さあ教室へ急がないと。ブレザーと鞄が置きっぱなしなんだ。
本当は言ってない事がある。オレはその夢の中で母さんと弟を殺しているみたい(何故かアルは生きてるんだよな。まだ詳細がわかんねえけどここがちょっと矛盾かも)。
更に夢の中の先生は、オレにとってすごく特別な存在っぽい。憧れとは違うけど、あの人の前に出ると照れくさくて素直になれなくて。でも心の底から信頼してて、すげえ尊敬してる。
そんで多分、夢の中のオレは、夢の中の先生の事が好きだ。すごくすごくすごく好きだ。胸が苦しくて辛くなるくらいに。いやいやオレら男同士なんだけど。

(まあ、そんな事までは言わなくていいよな)

この夢は多分、思春期のオレの不安とかなんかが形になって表れてるんだろうなって思ってる。魔法使えるとか錬金術とかはヒーロー願望か?。正に中二病そのものだ。
高校生にもなって中二はないよな。でも、この物語をひっそりと楽しみにしてもいいんじゃないかって思ってる。最後はどうなるんだろう。先生の事はどうするんだろう。てか、現実に先生の事が気になってるからこんな形で夢に出て来てるのかな。そう思いついて顔が熱くなった。
やばい。きっと顔が赤い。誰かに見つかる前に帰ろう。暗い廊下を走って、オレは急いで学校を出た。


***



進路指導室の鍵をかけ、三階の教室から見回りを始める。暗く閑散とした教室を覗いては、居残りの生徒に早く帰れと声をかける。
開いている窓を閉めてカーテンを引く。窓の外を見ると、金色の尻尾がちょうど走って出て行く所だった。その愛しい背中が見えなくなるまで見送る。

(……ああ、いかんな)

思い出して再び肌が粟立つ。鳥肌を散らすように、腕を手で強く撫でた。
廊下に出れば、にやけた顔の男が壁の鏡に映っている。不穏な表情を散らそうと、指先で頬を強く擦った。
やっと、やっと君に会えた。ずっと待っていたよ、君が思い出してくれる事を。興奮に背筋がふるりと震える。今度こそ放さない。君との約束は必ず守るから。



「会いに来てくれてありがとう。鋼の」









2011/11/26

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