悩んだ事も無かった事にしたいお年頃

俺が旅の途中で食事を取る場合、店で一人簡単に済ませてしまう事が多い。そしてその時に、暇な奴や心配してくれる大人から話しかけられる確率も高い。
一人だし未成年だし、出で立ちが旅行者の風情を醸し出しているからだろう(主にコートのせいじゃないかという意見は、アルから散々言われたので、これ以上受け付けない)。

先日も、知らない人と話をした。相手は宿の食堂で相席になったおばちゃん。身なりはそれなりに良い、初老の…いや、見た目は孫なんかいそうだけど、もう少し若い感じ。酒を飲んで鼻の辺りを赤くして、気分良さげだな、とは思っていた。

いつものように、問われるまま旅行中ですよとか連れは部屋にいますよとか、のらりくらりと返していた。
がしゃがしゃと賑やかで雑多な食堂の空気は、好き勝手していても咎められない雰囲気に満たされている。夜の時間は多くの客が酒を飲んで楽しげだ。そんな状況に、すっかり気も緩んだんだろう。俺への質問から、語るままおばちゃんの昔話になって、いつの間にか「そういう話」になっていた。

おばちゃんには昔、愛した人がいて、その人の事は今でも忘れられないのだという。
それは死んだ旦那か恋人の事かと聞いたが、そうではないという。じゃあ初恋か片思いかと聞いても、また違うという。

興味の無い話は苦痛でしかない。訳のわからない話にすっかり飽きて、早くその場を立ち去りたかったが、頼んだポテトフライは来ないし、狭いテーブルでは逃げ場が無い。
俺は時々相づちを打って聞いているふりして、頑張ってやり過ごそうと健気に努力する。頑張れキレるな俺。相手はたかだか酔っ払ったおばちゃんじゃないか。

「そんなに好きなら、好きだって言えば良かったじゃん。片思いじゃないって事は、相手だっておばちゃんの事好きだったんだろ?」

堪りかねた俺の言葉に、おばちゃんは困ったように笑う。

「そうね、そうかもしれなかったわねえ」

煮え切らない言葉にまたイライラする。やっと届いた揚げたてのポテトフライで舌を火傷しながら、イライラして足りない塩分に、ケチャップをこれでもかとかけて補う。

「お互いに、気持ちを言葉ではっきりと伝えた事はないの。でも、私達は誰よりも信頼していたし、誰よりも愛していた」
「確認してないのに?」
「言葉にしなくても、わかる事もあるのよ」

その時に、おばちゃんは恋の未練について話していた訳ではないとやっと理解した。一種のノロケだ。人と心深く交われた自慢を、俺は聞かされていたのだ。
でも、おばちゃんは全くを満足していた様ではなかった。先に食事を終えた俺を手を振って見送り、一人に戻った時には寂しそうな表情に見えた。やっぱりその人と一緒になりたいと思ってたんじゃないだろうか。

おばちゃんと話をして、なぜか俺はとても不愉快で不安な気持ちになった。
宿の軋む古い階段を上がり、部屋に戻って、「兄さんどうしたの?、食事がおいしくなかった?」なんて、アルフォンスから心配されるくらいには、不機嫌が表情に出ていたようだ。

弟に心配かけちゃいかんと思って、気分転換に風呂に入ったが、気持ちは一向に治らなかった。
大体、旅先で一人食事を取るような、不審で見知らぬ子供に話すような内容じゃない。俺という人間を知っていれば、更に話すような内容じゃない。
それに、言葉で言わなくてもわかるなんて、そんなのは、伝える努力を怠った大人の思い上がりだ。大体、言わなくて良いことと、言えない事は違うし、もし真実を確かめたくなくて言葉にしなかったのなら、それはただの独りよがりだと思うし。
言いたきゃ言えばいい。言わないなら一生黙っていればいい。はっきりしたらいい。と、無情かもしれないが、他人事にはそう思う。

湯船に浸かりながらそんな文句を考えすぎて、ちょっとのぼせた。不機嫌なままベッドに潜り込み、静かな夜の暗闇に埋もれる。

実はおばちゃんの話を聞いていた時から、俺の頭の中には、とある一人の男の事がずうっと浮かんだまま離れない。
あいつとは、何も言わなくても信用しあってるし、一々確認しなくても、憎まれ口を叩いていても、お互いをキライじゃ無いと思う。多分。
でも、聞けない事と聞かない事の間には、雲泥の差がある。明確に答えを求めて関係を壊すくらいなら、勝手に良い人間関係を想像して、幸せに浸ったらいいという『逃げの選択肢』も、無くはない。
勝手に決めつけるが、おばちゃんにそれが出来たのは、俺よりも欲が無くて、年をとっていたからじゃないかと思う。だって、確認できずに終わらせる事も、ずっと我慢してやり過ごす事も、それなりに辛いのだから。


不安は胸の中でいっぱいに広がって、もやもやでイライラで、この霧が晴れる事は無いんじゃないかと思う。あいつとの関係を過信している自分が恥ずかしいし、何よりはっきり出来ない事も腹立たしい。
色々我慢してやり過ごしても、俺らは大人しく友人になれるだろうか。歳の差もあるし価値観も違うしちょっといけ好かない所もあるから、友達にはやっぱりなれそうにない。
だったら全部壊して、確認したらいいよ。当たって砕けて暴れてみるのもいいという、やけっぱちな答えにたどり着いたのが、瞼も重く意識の落ちる寸前。よし、そうだそうしよう。明日の俺が万が一覚えていたならば、そうしてしまおう。暖かい毛布にくるまれて、眠気にふわふわしながら、今回の俺の一人会議は終了した。
でもやっぱり、この葛藤と決断の一切を、明日の俺が覚えていない事を切に祈る。俺の中に残るただ一つの、勇気が無くて未だ形に出来ない可能性を押し留めたまま、俺はまだ旅を続ける。


2009/3/6 ハルキ

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