四匹目(お話の始まり)


 司令部より電報が届いたのが、一昨日。
「エルリックキョウダイ、シキュウカエレ」なんて緊迫めいた一行目には特に驚きもしなかったのだが、二行目に「タノム。ホークアイ」とあったので、俺とアルは身構えた。大佐でなくわざわざ名前まで出して中尉から来たって事は、大佐か司令部に何かあったって事だ。セントラルの古書店で倉庫を漁らせてもらう約束もあったので、そろそろ戻ろうとは思っていた。俺達はその日の夜の最終便に飛び乗り、急いで戻った。


 司令部の前でアルと別れた。建物は、外観も内部も攻撃されたような形跡は見当たらない。では、大佐達が何か攻撃を受けているという事だろうか?、まあ、大佐みたいな奴は敵も多いだろう。若くして大佐地位ってだけでも妬まれるようだし。
 見慣れた執務室の扉を前にして、深呼吸を一つ。気を引き締めて俺は扉を開けた。
「エドワード君。来てくれたのね、ありがとう」
 中尉が笑顔で迎えてくれる。白くつるりとした顔はいつも通り綺麗なのだが、気のせいか疲れて見える。
 他の面々は、軽く手を上げて挨拶はしてくれたが忙しいようなので、俺も邪魔しないように通り抜ける。
「電報でびっくりさせたかしら。電話が通じなかったから送ってしまったのだけど」
「中尉、大丈夫?何かあった?」
「呼び出してごめんなさい。エドワード君の力を貸して貰いたくて」
「いいよ。でもまず説明が欲しい」
「勿論。まずは執務室へ」
 俺に助けを求めるという事は、錬金術絡みだろうか。司令部の人間は俺らをとても大切にしてくれるので、彼らからのお願いは殆ど無い。これで少しは恩返し出来るかな。良い機会だから役に立ちたい。

 中尉が扉をノックして開ける。俺も背筋を正して中へと入る。いつも通り、大佐が机に向かって書き物をしている。大怪我をしたんじゃないかとか、もっと酷い様相の大佐を想像していたのに…特に、変わった様子は無い。
「なんだ、大佐も元気そうじゃん」 
そう声をかけた瞬間、大佐は俺をすごい目で見て、机の下に隠れた。
「なっ  」
「…大佐、知らない人じゃありませんよ。エドワード君ですよ」
 まるで、幼稚園児に話しかけるような中尉の口調。顔が半分ほど机の陰から出て、こちらを見ている。そう言えば髪の毛がわしゃわしゃに乱れている。一部はまるで太くて短い角、あるいは猫の耳。

 ……耳?。

「大佐が記憶喪失になったとか、そういう話?」
「記憶喪失も困るけど、今の状況も困るのよね」
 はあ。と付かれるため息。
「大佐は、猫になってしまった様なの」
「猫って、何かの冗談?」
「冗談だったら良かったんだけど。深刻でなければ、あなた達兄弟に助けを求めていないわ」
「…ごめん。そうだよな」
 どうしてこうなったかは不明。昼飯を外に食べに行った大佐が、戻って来たら喋らなくなって、耳が生えていたらしい。実はしっぽもあるらしい。錬金術の技術を持った愉快犯か、大佐に恨みのある奴の犯行じゃないかと中尉は言う。
「頭は髪の毛をぐしゃぐしゃにすれば少しは紛れるけど、どうにも、喋れないのが困るのよ」
いや、ぐしゃぐしゃなだけで余計に耳は目立つよ。とは、中尉相手に口が割けても言えないけど。相変わらず大佐は、ぐしゃぐしゃの頭のままこちらを窺っている。
「あんな様子でいつまでも軍内に置いておけないから、明日から長期療養として休暇を取って貰うことにしたの」
「そっか、大佐の変化が錬金術なら、俺とアルも少しは解決に役立てるかもしんない」
「そうなんだけど、先ずはもっと重要な事をお願いしたいの。暫く大佐の面倒を見て貰えないかしら」
「え、面倒?」
 大佐が仕事を出来なければ、今は中尉が代わるしかない。他はこの事件の犯人探しと通常業務。ある程度落ち着くまで、秘密を守り、大佐に何かあったら対応できる人間が必要だという説明は納得せざるを得ない。
「あなた達の旅の邪魔をしてしまうのは、心苦しいのだけど…。錬金術も武術にも長けていて、軍に内緒で匿える人物を考えたら、今、頼れるのはエドワード君達しか」
「わかったよ、中尉。俺らも暫くセントラルで調べ物をするからさ。ついでに大佐もちゃっちゃと直してやるよ!」
 俺が大口を叩くと、中尉もちょっと笑ってくれた。大佐は人間としての日常は送れるようだ。しかし、見ていないと時々、とんでもない事をしでかすらしい。面倒を見るというか、監視に近い。
 宿はキャンセルしないとならないな。そして、弟がこれを嫌がらないか不安になる。大佐じゃ『元いた場所に返してこい!』が出来ないし。
 あいつは猫好きだが、こいつはキワモノだ。この間、猫を拾いたがっていたアルにきつく注意したばかりなのに、兄ちゃんはでかい猫を拾ってしまった。すまん、アルフォンス。
「私の家に引き取る事も検討したんだけど」
「いや、付き合ってないなら、女性の部屋に男入れんのはマズいと思う」
「それは大丈夫なんだけど、うちにはハヤテ号がいるから」
「動物枠、なのか…」
「他、うちの連中の住まいも基本的に動物禁止だし。こればっかりはどうにも」
 中尉は真面目な顔をしてため息をつく。え、そんな理由なのかよと突っ込みたくなったが、やっぱり言えなかった。大丈夫と言われた大佐がかわいそうに思えて、揺らいでいた気持ちは固まった。



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