一匹目

 
「帰ったぞー」
 玄関の鍵を開け、大きめに声をかけたのに今日は迎えが無かった。買い物袋を台所のテーブルに置いて、夕方の暗い室内を電気を点けて歩く。秋は暗くなるのが早いんだから、電気くらい点けておけばいいのに。
「うおっ」
 ソファーの横に、大きくて黒い物体が膝を抱えてうずくまっている。黒い猫耳がぴくりとこちらを向いていて、気付いていないのではなく、拗ねているのかなと思う。
 そっと手をのばして、頭を優しく撫でる。
「そこにいたのか。帰りが遅くなってごめんな。ただいま、大佐」
 のそりと立ち上がれば、当たり前だが背は俺より高い。そりゃあそうだ。ロイ・マスタングは国軍大佐で、俺の恩人で、大人の男だ。今は猫だけど。
「あー、また靴下はいてねえな?冷えるからはけって言ったろ」
 ちょっとしゅんとする。怒られると耳がぺたりと下がって、長いしっぽの先が垂れる。
「怒ってないから、靴下はいて、夕飯の手伝いしてくれ。アルは出かけたのか?」
 こくんと頷く。猫なので大佐は話せない。らしい。靴下をはかせて、俺もコートを脱いで、手を洗ったら夕飯の支度を始める。
 最初はアルの分も作っていたけど「気は遣わないで。勿体無いからいらないよ」と、逆にアルに気を遣わせてしまった。なので、俺と大佐の二人分を作るのが日課。
「今日はチキン焼くぞ。好きだろ?」
 大佐がちょっと嬉しそうな顔をする。しっぽの先が上を向いて左右に揺れているので、喜んでいるのだと思う。多分。

 夕飯の用意が出来た頃に、アルが帰って来た。
「ただいま、兄さんも帰って来たんだね」
「おう!おかえりー」
 大佐が足早に出迎えに行って、アルの荷物を受け取る。
「大佐、ちゃんと留守番してた?今日はお土産あるけど、後でね。ごはん食べてからだよ」
 でっかい弟が、小さくもない大人の頭を撫でる。大人の頭には猫耳。どちらも嬉しそう。この異様な光景にも随分慣れた。
 アルは大佐が猫になってから、とても優しく接する。猫好きには猫補正がかかるらしい。犬派の俺にはわからないが。
「大佐、メシ食うぞ!」
 大佐は呼べば来る。言葉は話せないけど理解はしているし、人としての生活もこなしている。しかし、時々猫なのだ。猫と大佐を足すと、『ちょっと猫みたいな子供の大佐』になるみたい。
 「はい、いただきます!」
 俺の真似をして、頭を下げる。食べている姿は普通の大佐なんだけどなあ。今日はアルがデザートにプリンを買って来てくれたから、後で食べよう。プリンは俺も大佐も大好きだから楽しみだ。

 最近の俺達は、そんな毎日。



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