そのよん。

※兄さんちょっと病んでます。お嫌いな方はバックプリーズ。





エドワードとの三ヶ月ぶりの邂逅は、久しぶりの新曲プロモーション会議の席だった。
本来タレントはこのような裏方の場には来ないものだが、以前からエドワードは色々な席に積極的に参加していた。
『自分が世話になるんだから』といっぱしな事を言っては周囲の大人に笑われ屈託の無さに大事にされる。一般の視聴者よりも先に業界内にファンが多かったのは、どちらかというと不安な子供を持った親類の気持ちになってしまうのではないかと推測される。
多忙なスケジュールからここ数ヶ月はそういった席に出る余裕も無いと聞いていたのに、本日は大きな机を挟んで私服姿のエドワードがちょこんと座っている。

「久しぶりだね。忙しそうだが元気だったかい?」

「おかげさまで」

いつものテンションは無く、へら。と白い顔で力無く笑ってそれ以上の言葉は返って来なかった。疲れているのだろうと思い、深追いは止めて仕事の話を簡潔に進めた。早くここから帰してやる事くらいが私に出来る気遣いであった。
少しでも彼に休める時間を。そう思っていたのに何故かまだ私と彼は一緒にいる。


最近のエドワードは特に多忙だった。元来口の回る子ではあったので、ラジオの仕事くらいは良いのではないかと思っていたが、テレビに出るようになってからは格段にオファーが増えた。
女装の美少年が演歌を歌って、更に喋りも達者とくれば取り上げるメディアだってネタに尽きない。以前は時間があればいつでも私の所まで遊びに来ていたが、今はまともに顔を合わせていない。
打ち合わせの度にマネージャーに聞いて、おおまかな近況を把握していたが、大半は新しい仕事の内容か「ちょっと疲れているようですがエドワードは大丈夫です。また宜しく御願いします」という営業的な挨拶で締められれば、こちらだって多少は心配にもなってしまう。


そんな心配は現実になっていたようだ。
『本日これから、エドワードを預かってもらえませんか?』
マネージャーからこっそりと相談された内容に少々の驚きはあったもののやはりとも思ってしまった。明日の昼12時迄、僅かな自由時間だが預かって面倒を見て欲しいという。
細かい事は敢えてマネージャーに聞かなかった。本人を見て、本人の言葉で聞けばいい。私は当たり前のように彼を連れ出した。


会社から私の自宅迄はそれほど遠くはないが、道を選んで車を走らせた。
海岸沿いの大きな橋も、街の中央にそびえる象徴的なタワーのイルミネーションも美しくはあったがエドワードの口数は少なく『心ここに在らず』といった様子。流れる景色もその瞳に映っているかは定かではない。
去年、初めて助手席に乗せた時のエドワードはやけに浮かれていて、知らない間に『俺様の指定席』と書かれた紙を糊で皮のシートに直接貼りやがった。仕事場に向かう途中だったが走行中に突き落とそうか迷った程だった。あの賑やかしい毎日を思えば今の静けさは不気味にしか思えない。

隣でぼんやりしているエドワードは、今日はユニセックスな私服を着ている。普段の彼はTシャツにカーゴパンツのようなラフな服装が多かったが、これも人気ゆえの気遣いなのかもしれない。可愛らしく似合ってはいるが、彼が自発的に選んだ服とも思えない。

エドワードが欲しいのは気分転換ではなく休息なのだろうと取った私は、夜景の綺麗なドライブコースを止めて、自宅への最短ルートに切り替えた。






エドワードの了承を得て、私のマンションまで連れて帰って来た。部屋に着いたのは22時と少し過ぎ。食事は済ませてあったので、後は休んで眠るだけだ。
エドワードを無理やり風呂に押し込んで、湯船に浸かって温まるまで大きな声で100数える事を強要したら、バカ正直に守って185まで数えてから上がってきた。貸した私のパジャマはだぶだぶで、余らせながら歩く姿は全くの子供にしか見えない。ちらちら覗く細い首も白いつま先も、黙っている今は儚くすら見えてくる。

「エドワード、髪を乾かすからこっちにおいで」

「うん」

今日のエドワードは何でも素直に言うことを聞く。良い状況ではないなと経験からの勘が私に告げている。心身共に疲れ過ぎて、自分で考えて動く事が億劫になっているのかもしれない。
ソファーに座らせて男にしては伸びた髪を丁寧に乾かしてやる。昔より随分と伸びた金の糸は、きらきらさらさらと私の手の中で踊るが、肝心のエドワードからは色々話し掛けても、ああとかうんとか相槌と差し障りのない返事しか返って来ない。

「明日は昼12時にここを出るから、早く休もうな」

「んー、あんまり眠くないんだよなあ。ゲームやってちゃダメか」

「眠くなくても体は休めて欲しいんだがな。そんな顔で出て行かれたら私が困る」

そっか、そだよな。と呟いてあっさり了承する。自分の荷物を掴むと歯を磨くために洗面台へと向かって行ってしまった。こんなに張り合いが無いとこちらもちと寂しくなってしまう。小憎らしくても元気な方が彼らしくて魅力的だ。そして、私が知っているエドワードはそういった子供であったはずだった。

今夜は敢えて私と同じベッドに寝かせる事にして、枕を2つ並べた。邪魔になったら私がソファーに移動したらいい。
ベッドサイドにペットボトルを用意してやって彼を待つ。戻って来たエドワードの反応を待ったが、「わー」とも「ぎゃー」とも言わず、もぞもぞとベッドに入ってしまった。

「大丈夫か、眠れそうか?」

「ん…まあ、多分」

「薬は飲まなくていいのか?」

ペットボトルを差し出すと硬直して目を見張る。私が何も気付かないとでも思っているのだろうか。しばらく迷ってからペットボトルを受け取った。そこからまた迷っている。

「悪い事ではないよ、必要な時は薬だって少量なら使ったらいい。なりふり構わず飲むのは良くないけどな」

「…うん」

「私も疲れ過ぎて眠れない時は飲むよ。他には飲んでるのか?安定剤とか」

「……好きじゃ、ない。なんか。顔むくむし」

「それに勃ちにくくなるから抜きにくいよな。そこでまたフラストレーションが」

「ヤなとこまで詳しいね」

「ヤな事は何でも知ってる大人だからな、試しに何でも言ってみろ」

強張った表情が柔らかくなってきた。薬を飲んでいる事に罪悪感を覚えていたのだろう、彼はこう見えても誠実で愚直だ。
真面目で努力家でプライドも高い。エドワードの良いところなんて沢山見てきた。そう、今の私には思い上がりにも近い程の自信がある。ずっと、担当になってから、一人の人間として、プロの表現者として見据えてきたつもりだ。出て行った彼の父親よりも、今ならきっと。私のほうが。



「良いことを教えてやろう。気持ちが落ちたらな、まず体を温める。シャワーじゃ駄目だ必ず浴槽にゆっくり浸かれ。そして大きな声を出せ。無理やりでもだ」

「最初から、わかってたのか」

「こういう職業には良くある、陥り易い罠みたいな物だ。それに、私は君をずっと見てきた。近くにいる自信はあるんだもっと頼ってくれたらいい」

「………」

こんな、頼りない彼の顔は見たことがなかった。それでもすっかり黙ったまま色々な物をこらえているのが手に取るように伝わってしまう。この流れでもっと弱音を吐いたりする事も可能なのに、ぐっと飲み込んで押し止めている。
邪魔をしないように、余った袖を折って丁寧に捲ってやる。散々迷った挙げ句にペットボトルの水を一口だけ飲んで自分を落ち着かせる彼の幼いプライドが、もう、愛しくて仕方ない。

明かりを消すと、セミダブルのベッドの上に小さなエドワードの背中がぽつんと置かれている。隣に潜ると後ろからぎゅっと抱きしめた。細い体は強張ったまま、何だとかやらないぞとか、出てくる偉そうな文句が嬉しくて頭から腕から色々撫でてやった。

「私の事が大好きで仕方ないのだろう?、だったら一晩くらい我慢しろ。添い寝なんてチャンスなかなかないぞ」

「あんた自分を買いかぶり過ぎ」

「そうかな。君より冷静に自分の価値と能力はわかっているつもりだがね」

「…………やなやつ」

その一言を最後に、彼は眠ってしまった。胸の前に回された私の手両手で握りしめたまま動かなくなった。

今まで散々聞かされていた茶化すような口説き文句よりも、落ちる瞬間に漏れた一言には遥かに現実味が感じられる。
もっと元気になって、あんな恋愛ごっこみたいな距離の縮め方なんかじゃなくて、彼が男として腹を割ってくれたら私達の距離は近くなれるだろうに。そんなまっとうな事を考えていたら急に寂しくなったきた。成長途中のエドワードの性根は男らしくて真っ直ぐだ。すぐに違う目標を見つけて、あっけなくこの手の上から飛んで行ってしまいそうで。

「……ゆっくり、ゆっくり大人になっておいで」

抱き締める腕を彼が苦しくならないように少しだけ強めて体を寄せ、頭にそっとキスを落とした。


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兄さん落ちててごめんなさい。元気になった兄さんは照れと気まずさに全て無かった事にしてそうだ。

それよりマスタングの熱の入れ方がヤバイ。演歌歌手は苦楽を共にしすぎて、マネージャーと歌手が結婚するケース多いですよね。この人はレコード会社の人ですが。

07/5/25 ハルキ
07/7/6 移動

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あきゅろす。
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