そのに。




『マスタングさんの所、来てますよ』

出社してすぐに同僚より軽く肩を叩かれ耳打ちされた。気のない声でありがとうとだけ返しておいたが、次の瞬間出たのは盛大なため息だった。
我が社は大きな規模で展開する、いわゆる『レコード会社』だ。もの凄く豪華という訳ではないが、人を待たせる応接室だってあるし、打ち合わせ用のテーブルだってある。
自分の散らかった机まで戻ると、机の下から何かはみ出ている事に嫌でも気付く。ひらひらとした何か。レースとかフリルと呼ばれる類。

「…出てきなさいエドワード」

「いや〜、気づかれちゃったか。イスに座ってから『足元を撫でられて、わあびっくり!!』みたいなのを予定してたんだけどなあ〜」

金色の小さい頭と見慣れた顔が、四つん這いでやっとこさ出てこようとしている。ひらひらのゴスロリ衣装はいつもより控えめだが、かさばるためひっかかるらしい。

「用事があるときは先に連絡しなさいと言っているだろう?」

「急に用事が出来たんだから仕方ねえじゃん。仕事が終わってから飛んできたのに冷たーい」

そうか。仕事だったからロリイタ衣装なのか。髪型もトレードマークのツーテイルで薄化粧もそのまま。笑っているだけなら妖精のような可愛いらしさなのだが、行動力と思い込みは強力すぎてついて行けない(行く気も無いが)。

『ゴスロリ演歌アイドル、エドワード・エルリック』
局地的人気を誇る16歳演歌歌手。小柄で可愛らしい容姿を武器に『女装少年』というとんでもないネタで売り出し中だ。
小さな事務所に所属している期待の星。他にこれといった人気タレントが居ない同事務所では彼だけが頼みの綱で、それを理解してか最近馬車馬のようにスケジュールをこなしている。そんな彼の担当になったのが半年前。おかげさまでCDの売れ行きは好調だが、何故か彼は私をいたく気に入ってしまい仕事の話と称してはマネージャーの目を盗んでやってくる。

「ちょっとさ、なにこれ」

仏頂面で突きつけられたのはスポーツ新聞。昨日行われたグラビアアイドルのCDデビューイベントが大きく報じられている。

「これが何か」

「何でこんなおっぱい女の仕事なんてしてんだよう!本命は俺だけでいいじゃねえか!」

「何って、仕事だからだよ。念を押せば、君の事も仕事だからなんだけどね」

「ひでえ!冷たい!鬼悪魔色男淡白な顔して絶倫…」

「帰るか?今すぐこの窓から帰るか??」

「や、ちょっと、もう少しここで心温まる交流を…」

エドワードの小さな体を抱えて窓際まで引きずる。8階から突き落とすつもりは勿論ないが、同僚達から集まる好奇と哀れみの視線の中、せめて場所を移動するべく応接室使用の旨をホワイトボードに殴り書いて鍵を取った。



目の前に紙コップとペットボトルを置いてエドワードの向かい側に腰を下ろす。再びつきつけられるスポーツ新聞。華やかな発表会見の絵はとても良く覚えている。何故ならこのアイドルの担当は私で勿論イベントの現場にも同席していたからだ。

「こいつ、何であんたが担当なの」

「君の売上を伸ばした手腕を買って貰ったみたいだよ。私も別にアイドル専任ではないんだがな」

「やだやだ!あんたみたいなのがいたらタチの悪い女共がこぞって誘いに来るに決まってんじゃん」

「仕事とプライベートは分けてますからご心配無く」

「ねえ、俺もっと沢山働いて頑張って売れるようにするからさ、マスタングさん俺の専任になってよ」

「それは私が決める事ではないよ。仕事として割り振られるだけだ」

「くそ、俺絶対に売れてやるからな」

新聞をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に突っ込む。文句を言いながら繰り返し手酌で水を飲む姿は小さいおっさんのようで可笑しい。でも、何か視界に違和感を感じる。


「エドワード。これはどうした?」

レースのついたラッパ袖から伸びる細くて白い手首。不似合いについた痣を目ざとく見つけて指摘すると、なんでもないとだけ答えて腕を引っ込めた。
エドワードの隣に座って無理矢理腕をまくると確かに蒼痣。強く握られたのか指の形がはっきりと残っている。

「どうしたんだ、何があったんだ?。ちゃんとマネージャーは知っているんだろうね」

つい声を荒げて子供相手に強い口調で責めてしまった。俯くエドワードは目を合わせようとしない。しまったと反省しながら労わるように痣を撫でて、今度は優しい口調でどうしたのかと問い直す。

「今日さ、またCD屋のイベントで営業してたらさ、阿呆なファンがいきなり掴みかかって来て。周りに人とかいても関係ないのなああいう奴らは」

「大丈夫だったっか?」

「すぐに警備の兄ちゃんと店員とマネージャーが頑張ってくれたから。俺も殴ったり蹴飛ばしたりしたし。今、マネージャーは警察行ってる。俺はこれから病院行って診断書貰って来ないと」

「じゃあ何でここに来たんだ。一人じゃ危ないじゃないか」

「………わかんねえ」

「え?、まあいい。一応マネージャーに連絡を入れておくからちょっと待ってなさい」

立ち上がろうとしたら腰に抱きつかれた。先ほどのぼんやりとした視線のまま呟かれた言葉に力は無く、全くを持って彼の『素』であった。ああ、そうか。怖かったんだ。よくある事とはいえやはり本人にはショックだったんだろう。
へばりついた彼をそのままにマネージャーに電話をかける。事の一部始終を聞けば、真っ青な顔のエドワードを店の人に預けておいたら突然消えたという。探している最中だったとえらく謝られた。
病院には自分が付き添う旨伝えて、その他を簡単に打ち合わせし電話を切った。

「病院行って診断書貰えたら被害届に乗っけられるんだろ?、でもタクシー乗ったらあんたに会ってこの新聞の事言わなくちゃーって思ったんだ」

混乱したんだ。軽くパニックに陥って、アイドルとしての職業意識を保とうとしたけど、意識がちょっとだけ逃げたんだ。エドワードの言葉は加速して、今日のイベントの話が止めどなく溢れる。こういった事態は良くあるとか慣れているとか、腹が立ったとか、もう一発殴りたかったとか言い訳のように繰り返す。

「いいよ、大丈夫。もう少し落ち着いたら一緒に病院に行こう。私の知り合いの医者だからおかしな事は言われないよ安心しておいで。ちなみに今日の痴漢も病院送りだ。君の蹴りが見事に顎に入っていたそうだよ」

「俺が心配してんのはあの巨乳アイドルのことだからな。あんた絶対に喰われるなよ」

「商品に手を出す趣味はない」

「俺にも?」

「勿論」

「冷たいなあ、俺、あんただったらいいのになあ」

「あまり強がるな」

小さな頭や背を優しく撫でてやる。タレントに深入りしないのがモットーだが、これはまた話が別だ。
彼の私への恋心が本物だとしても、怪我をネタに巨乳アイドルに対抗して自分も構ってもらおうなんて頭が働く程この子はしたたかではない。
本日の『怖い事があって、会いに来るための言い訳が新聞の記事だった』事は明白。ただ、一人で勝手に来る事が良いか悪いかは完全に別ではあるので後日注意する事にしておく。

「俺も巨乳だったら良かったかなあ」

「男は巨乳にはならんだろ。それに巨乳アイドルだから担当になった訳じゃない」

「マスタングさんてさ、意外にいい体してるよね。筋肉質だけどスーツで着やせしてる?」

「…やはり窓からお帰りになりますか?」

「嘘ですごめんなさい」

最近、知人の薦めで『パパ一年生、初めての子育て』という本を読んだばかりだ。若いタレントの扱いに早くも応用が利いている事に苦笑いが浮かぶ。こうやって人は老けていくのだな、と手の中の若さ溢れるぴちぴち肌をつつきながら思っていた。



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この後病院に行きますが、緊張から喉が渇いていると主張する兄さんは2Lのペットボトルを小脇に抱えてお持ち帰り。不安な時は何か抱えていたほうが落ち着くかなとマスタングも了承して、ゴスロリッ子が2リットルの水ペットボトル小脇に抱えた素敵なコラボレーションの出来上がり。

マスタング(30)大手レコード会社社員。掛け持ちの中にエドワードも担当妄想文第二弾でした。

2007/5/13 ハルキ

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