10 彼氏とは


 掻き立てられる庇護欲。相手は触れてもきっと許してくれるだろう。惚れた男に似ているから? それとも、他人に対してエドワードが無防備だから? この男の事を気に入っているから? わからないが、許容している事実にも嫉妬が沸く。
 私も肌に張り付くシャツが気持ちが悪いし、そもそも頭のてっぺんから水を浴びせられたような惨状だ。眼鏡も濡れて前が見えん。一通り乱暴に拭う。
「ロイさんは…」
「何だ?」
「あ、ああ。あの、服、乾かそうか?」
「これが通り雨なら良いが、また濡れるのなら乾かす意味は無いな。ありがとう」
錬金術で布が含んだ水分を飛ばす事も考えるが、今日は錬金術師ではないし、エドワードの身の上も知らない設定なので遠慮した。気遣いは嬉しいな。世話焼きなのは『お兄ちゃん』だからなのか。
 それよりも、ハプニングに見舞いこの距離で一緒に居られる事を感謝しなければならない。私の胸の中はずっと落ち着かないし、脳内では今後の方針と、理性と、庇護欲と、様々な要因が戦っていて忙しい。しかし現実はそう甘く無い。
「せっかく君が延長してくれたのに、そろそろ時間が終わってしまうな」
「今日は十分勉強になったよ。貴重な話もたくさん聞けたし。子供だってバカにしないで付き合ってくれて、すごく嬉しかったよ。ありがと」
私の胸の高さあたりにあるエドワードの表情を窺えなくても、別れ難いと思ってくれている気持ちが伝わってしまう。彼が雨に濡れないように内側に寄せて盾となる。開かれた場所にいるのに、密室のような。雨が隔てた空間に二人きり置き去りにされる。
「そういえば、手を見るんだったね」
「そうだっけ」
「君が言ったんだ」
ほら。と差し出すと、エドワードは私の手を取って観察し、触り始めた。小さな手が、細い指が。機械鎧の手が器用に動く。おっかなびっくり触るものだから、撫でられた部分がくすぐったい。
「あんまりそう、いやらしく触られると」
「やらしいことしてないよ!」
「ならエドワード。君の手も」
このくらいの等価交換なら良いだろ? 左手を取って、改めて小さな手だと実感する。手を繋いで歩きたかったが、これで我慢しよう。白い手と機械鎧の手は対極の存在で、彼の内面を表しているようにも感じた。
「あー、悪かった。悪かったよ。くすぐったかったんだろ?」
ひっこめようとする手を、逃したくなくて掴む。
「君の依頼の時間はさっき過ぎた。今はもう、雇用する者と従う者の関係ではない」
「延長料金が必要ってことか?」
口調はふざけているが、警戒が伝わる。君は何が怖い? 簡単な欲に負けてしまいそうな自分と戦っているようにも見える。エドワードが見上げて視線が私と繋がる。馬鹿だね。経験値の低い君がこんな状況で逃げられるわけが無いだろ。
「なあ。君が今の相手に告白しないというのならば、私と付き合うのはどうだろう。外見は嫌いではないのだろ? 仕事の制約でこちらも忙しいからいつでも会えるという訳ではないが、私だったら君の一番でなくても良い。君の気が向いたときに連絡をくれればいい」
アルバート・モーランとして、ロイ・マスタングには求められない物を彼にしてやりたい。捉えた瞳には心の揺れが写っている。誰でも、優しさだけをくれる相手が居たらどれだけ楽になれるだろう。
 ただでさえ、エドワードは自分に厳しすぎる。本当は私に頼って欲しいが、関係が壊れてしまったり、今後の旅に支障が出る事を恐れている。自分の気持ちは後回しだ。私は、この子と居られるのならば嘘をつき続けてもいい。ロイとして想いが伝わらなくても。君が望んでくれるなら、いつまでも演じていよう。
 濡れた白い頬を撫でる。愛しい。どうしても君が愛しい。気持ちを知ってしまった私は、きっともう元には戻れない。汚い大人は我慢したり黙っていたりという技術を自制の為でなく己の欲望に対して使う。
「エドワード」
もっと触れたい、抱きしめたい。唇を重ねたい欲求とも戦う。相手もそれを望んでくれているのでは無いかと錯覚する。
「…『アルバート・モーラン』さん。今日は、ありがと」
エドワードはギリギリの所で踏みとどまった。泣きそうな笑顔が胸に痛い。そっと私の体を押して、まだ激しい雨の中へと消えていった。




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