9 彼氏とは


 セントラルの中でも一番大きい公園は、半分くらいが林である。その中を遊歩道やだだっ広い広場がうまく貫いていて、見通しは良い。今日もたくさんの家族連れで賑わっている。
 ベンチが空いていないのでどんどんと奥へ進む。やっと座れる場所を見つけて、気がついた。ここは木陰から外れていて少々眩しいのだ。それでも良いかと座って、エドワードはすぐに切り出して来た。
「ロイさんは好きな人いるの?」
「業務上、答えたくないのだが」
業務上は答えたく無いけど、いるよ。いい年をして十四も年下の少年に惚れてしまった。男にも子供にも、今は恋愛にも興味の無い私が、どうしても好きになってしまった相手は、目の前に。
「でも、オレにはいいだろ。客として次は無いってわかってるし」
「冷たいことを言うね」
「じゃあ、誰かを好きになった時のことを話してよ。思い出なら良いだろ」
昔の恋愛と言われてもピンと来ない。学生の時にしっかり付き合った相手もいたが、長くは無かった。後はゆるくデートをするだけとか、お互い都合良く体を貸したりと記憶に残らないような関係が多いし、そんな事を正直にエドワードには言えない。
「それなりに恋愛はしてきた。好きだと告白されて、付き合って、楽しく過ごして。だが、自然消滅が多かった。以上」
嘘はつかず簡潔にまとめた。どうだ。話したぞ。
「え、もう終わり? あんただったらもっとあるだろ。こう、ほら」
「業務以外のプライベートはあまり話したくない」
「オレには色々聞いたくせに。しょうがないなー」
アルバート・モーランの恋愛事情はこんな程度で聴けるらしい。では、ロイ・マスタングの恋愛事情は? どう思うのだろう。少しは嫉妬してくれるのだろうか。
「なあ。恋愛は、楽しい?」
自分が置かれた初めての状況に、彼はずっと戸惑っている。楽しいものなのか。それすらも分からず。
「楽しいだけの関係もあるが、苦しいし辛いしどうしても諦めたく無い気持ちの恋愛もある。それぞれとしか言えない」
「まあそうなんだよな、きっと」
君の中では、恋愛とはどのようなものなのだろう。兄弟の体を取り戻す旅の途中では、邪魔なものなのだろうか。一番にできないからといった発言からは、彼が恋愛に対しても全力で取り組むのであろう姿勢がうかがえる。私の事を好きになって、でも諦めて。しかし気持ちはある。そんな彼とどう付き合っていくべきなのか。
 私だってずっと悩んだんだ。幼い子供はいつしか強く育っていた。年齢も性別も関係無いほど、君はまばゆくて魅力的な存在なんだ。君が私に告白するのと、私が君に告白するのとでは、大きく違う。端的に言えば犯罪だ。
「あっ、そうだ。ロイさん、手、見せて」
「?」
「手が見たい。っていうか、触らせて欲しい。変なことしないから」
「逆に、君の考える『変なこと』の方が気になるんだが」
触りたいだけなら歓迎だが、まだ私を本人だと疑って粗をさがしているのなら注意だ。警戒しつつ手を差し出したその時、エドワードの動きが止まる、理由はすぐに分かった。私の顔にも雨粒が落ちてきたからだ。周囲は明るいが、雨雲の下に入ってしまったのだろう。雨粒は線となりみるみるうちに束となって地面を叩く。
「エドワード。移動しよう」
周囲にいた人たちも逃げ込める場所を探して右往左往している。エドワードを連れて軒下を探すが、どこも満員だ。
「エドワード、こっちだ」
エドワードだけでも濡れない場所に押し込みたかったが、それでは彼が納得してくれないような気がしたので他を当たる。数少ない建物は諦めて木陰を選ぼう。雷を警戒するなら大きな木は避けたほうが良いが、密集している場所なら平気だろう。色々とよぎりながら、やっと見つけた大きい木陰に滑り込んだ。
「大丈夫か?」
「ああ。濡れただけ。慣れてる」
私もエドワードも随分と濡れてしまった。エドワードにフードを被せてやればよかったと後悔した。雨宿りの場所にばかり気を取られてコートのフードに思い至らないなんて。雨に濡れた金色の前髪が頬に張り付いて、少年の横顔は頼りなく見えた。




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