7 彼氏とは


 住宅街の一角、その入り口にケーキ屋はある。実は私の住まいからとても近所だ。だがケーキを買うのもたまの事なので、店で名前を確認されたことは無い。顔は割れていないと思う。そう願いたい。
 店は人気があり客が絶えない。小さいが席は幾つかあったはずだ。ほとんどの席は埋まっていたが、運良くテラスの席を案内された。
「オレ、チョコレートケーキと、プリンアラモード。あーでも、ショートケーキもいいな」
「ならば私がショートケーキを頼むから、一口味見をすればいい」
「いいのか?」
「私は生クリームが食べたいから、他に候補があるならシュークリームか」
「あれ、でもここのシュークリームはカスタード一択っぽいよ」
こんな他愛の無い会話も楽しい。平和って素晴らしい。ケーキを選ぶエドワードはきらきらと目を輝かせている。
「ロイさんってモテるだろ」
「今は特に、好いてもらえるような努力をしているからね」
「謙虚と見せかけて否定しないところが憎らしいな」
「君だって、もう少し成長したらさぞや美しい青年になって、引く手数多だろうね」
「そう? っていうか、今すぐに引く手数多にはならねえかな」
「人生経験も必要だと思うのだが、それ以上に、引く手数多でも意中の一人に相手にされないのはとても悲しいとだけ伝えておこう」
「うわ。嫌なこと聞いた」
そう。目の前にいるのに、好かれているのに、好きだと言い出せない状況、とかもね。
「お待ちどうさま。紅茶は砂時計が落ちてからお飲み下さい」
 しばらくして運ばれてきたケーキの皿に、エドワードが溶けそうなほどの表情で出迎える。そうかそんなに好きか。ならばまた君が来るときにはここのケーキを用意しておかねばならないな。
「わ〜、いただきます!」
嬉しそうに食べる姿に餌付け待ったなし。自分が食べる前にケーキを分ける。
「エドワード。これも食べなさい」
ショートケーキとイチゴを渡すと再び交換会が始まる。いちいち律儀なんだ。エドワードは。
「チョコうまい! ロイさんも! ほらロイさんも!」
「じゃあ、私のから」
機嫌が良さそうなので無理をしてみる。一口サイズに取り直すと、エドワードの目の前に笑顔で差し出した。どう見てもそのまま食べろという意思表示。無言の圧力にエドワードは負けてくれた。恥ずかしそうに、フォークをくわえる時にはちょっと上目遣いで、はっきり言ってたまらない。悶絶を力づくで抑え込む。
「イチゴは?」
「…好き」
この、『好き』という言葉の響きの心地よさよ。小さい方のイチゴをフォークに刺して更に差し出す。あーん、と、大人しく従うエドワードに苛めたい欲がふつふつと湧いてくる。
 エドワードは一口大よりやや大きめのチョコレートケーキをフォークに乗せてこちらを伺っている。あれを食べさせるつもりなんだろう。エドワードからあーんと差し出されたいが、葛藤している彼のほうが見ごたえがあるので、このイベントはおしまい。無視を決め込んでいたら頑張って大きな一口をハムスターのように咀嚼している。ああもう。死にそう。死にそうだ。
「エドワードは、好きな相手が男だと自覚して、自分はそもそも同性愛者なのかと思い、今日のデートに至った訳だよな」
「簡潔に説明できるもんなんだな。そうだけど」
「それで、君はどうしたいんだ?」
「どうもしない」
「え?」
「オレは大佐が好き。それだけ」
「告白はしないのか? ここまで悩んだ相手なのに」
てっきり、両想いだしこんなに好いてくれているなら、告白を経て、恋人同士にまでとんとんと進むんじゃ無いかと浮かれていた。冷水を浴びせられて食い気味に聞き返す。
「しないよ。大佐は女好きだって噂になるくらいだし、きっとオレなんかから告白されるなんてこれっぽっちも考えちゃいない。きっとびっくりして、笑って、おしまいだ。それだけならいいけど、今の関係が壊れても困る。大佐に変な気を遣わせたくねえしな」
エドワードは落ち着いた様子で、当たり前のように答えた。




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