5 彼氏とは


「驚かないのか? 相手は男なんだけど」
「軍人と知り合いだという事には驚くが」
「あいつはオレの恩人なんだ。あいつと出会ってなかったら、今ここにいない。もしかしたら、生きてなかったかもしれない」
 そんな風に思っていたのか。初めて知る彼の感情に動悸がおかしい。平静を保つ為に話を続けよう。落ち着かないので今は間があるほうが怖い。
「多分、という事は、君の中でも迷っているのか」
「うーん、恋愛感情だと思ってるけど、前例も比べる先も無いから本当にそうなのかなって」
「好き。という感情は難しいね。シンプルに好意として捉えても、それぞれの色が違う。例えば君は「青」と言われてどんな青色を浮かべる?」
彼は彼なりの青を思い浮かべただろう。青から少し離れているとは思う、向かい側の女性の鮮やかな空色のワンピースを目線で示す。
「可視化されているものでも、全く同じものを指すとは限らない」
「そう。同じようで同じではないし、尊敬も憧れも、守ってやりたいのも大切にしたいのも、干渉したいのも独占したいのも、全部「好き」な気持ちが含まれている。完全に細分化できるものではない」
エドワードは理解が早い。私の言いたい事を瞬時に捉える。天才と呼ばれる彼の能力の高さだ。
「だから、本当は分析なんて必要ではないのかもしれない。ただでさえ人の心は簡単に揺れ動く」
「え、じゃあどうすりゃいいんだよ」
「その、『どうしたいか』の方が重要なのではないかと思う」
「ほおおう」
 感心した様子のエドワードが相槌を打つ。私の言葉もまだまだ模索の途中だが、少しでも君の判断材料になってくれたらと思う。だから、偉そうな、恥ずかしいような言葉も、今はたくさん伝えておきたい。
「自分の中の感情を明確にしてもしなくても、『どうしたいか』は変わらないんじゃないか。私はそう感じているよ」
「それはあんたの経験則か」
「まあな。どうしたいかが変わる要素はもっと他にある。実行に移してからの方が見えることもある」
「ふーん。なるほど」
 例えば、私が君に恋心を抱いたとしても、それを行動に移せば犯罪者になってしまうし、そもそも好かれていないと思っていたから、伝える事もないかと諦めていたのだから。…こうして嘘をついて君に会ってしまった、ついさっきまでは。
 結構なボリュームの食事を終えたというのに、エドワードはデザートメニューを眺めている。
「君のその薄い腹のどこに料理が収まったのかね」
「え、まだ甘い物でも食おうかと」
「少し歩かないか? この後のプランも無いし。ケーキの美味しい店に移動するのはどうだろう」
「お、それいいね。ケーキケーキ!」
良かった。ケーキに吊られてくれた。支払いを済ませて早々に店を出る。怪しまれないように一応エドワードから代金は貰っているが、最終的に色々な言い訳をつけて返そうと思っている。ここは私が支払ってささやかなデートの気分を味わう。
「あー美味しかった、こういう店に入ったことがなかったから、面白かったよ」
「君が喜んでくれたなら嬉しいよ。エドワード」
「ひひゃひゃ。なんだかかくすぐったいな、それ」
笑われてしまったが、否定されないだけマシか。彼は少しずつ、この『マスタングに似た男』に懐き始めている。
「だって今日は楽しいデートだからね。君はもっと私に甘えて良いと思うよ」
「値段の分?」
「そうとも言う」
「夢のない事言っていいのか? でも、あんたのそういうところは好きだよ。オレも今日、すごく楽しい」
天使のような笑顔で言われてしまい、複雑な心境になる。本当に、君はどこまでこの男に心を開くんだ。好きなはずの私ではどうしてダメなんだ。
「君がそうやって素直に返してくれるのは嬉しいな。素直ついでに、手、繋ごうか?」
「あ〜〜、それは嬉しいんだけど、やっぱり緊張しちまうから。大佐と似てない人だったらきっと何とも思わないんだろうな」
「では、君が意識してくれる事を喜んでおくよ。繋ぎたくなったらいつでも繋ぐぞ」
 複雑だが断ってくれて良かったとも思う。いつか『私』と手を繋げたら。そう祈るしかない。




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