2 彼氏とは


いつもと変わらぬ、というか週の頭に司令部に来た時と同じように、赤いコートに黒い上着。きょろきょろと落ち着きがなくて、どう見ても誰かを探している。今ならまだ隠れて状況を観察できるかもしれない。そう思った瞬間に。その視線がこちらへ向いた。もう迷っている暇はない。今気づいた風を装い、笑顔で近づいた。
「こんにちは。君がエドワード君かな?」
 〜君かな? じゃねえよ、大佐何やってんだよ。そんな返答に怯えながら話しかける
「初めまして、ご指名ありがとう。俺はアルバート・モーランだ」
声は少し高めに。今日は若干芝居掛かった行動を心がける。エドワードは目の前でもじもじしている。おい、本当に気づいていないのか? 頑張った変装だが、それはそれで少しショックである。
「えーっと、エドワード・エルリック君。だよね?」
覗き込んだら一歩引かれたしこちらと目を合わせようともしない。酷いんじゃないか。まだ何もしていないのに。
「は、はい。そう、です」
「緊張してるだけならいいんだけど、どうしても嫌だったらキャンセルもできるから、無理しないでね」
「あっ、いえ、すごく知り合いと似ていたもので、びっくりしてしまって」
エドワードは敬語も丁寧語も使える。それを改めて知る。どうして私の時だけあんな偉そうなのだろうか。尊敬されていないからだとは思いたくない。
「君の知り合いに? それとも、マスタング大佐に似てる?」
「あ、はい。すごく。大佐に似てる、かな」
「時々言われるんだよ似てるって。だから、今回の依頼に俺はぴったりだと思ってるんだけど。どうかな」
「まあ、その。はい。ありがとうございます」
私似を指名しておいて、いざ似てる人間が来たらこの態度。一体どういうことなのか。これで『実は本人だ』とか言ったら笑われてタメ口に戻るのだろうか。
「アルバートさんは…」
「アルでいいよ。君の事は何て呼んだらいい? エド?」
「あー、そうか。そうじゃなくて、アルだとオレの弟と名前が同じで、ちょっと居心地悪いんで」
「へえ。弟さんの名前を聞いても?」
「アルフォンス」
この流れはエドワード対策として想定済みだ、さあ、デートを楽しむための呼び名を決めようじゃないか。
「そうか。ならば今日は君の呼びたい名前になるよ。何て呼びたい?」
「えーっと」
「じゃあ、『ロイ』とか?」
 ありえない所から選んだのに、途端に真っ赤になるエドワードが可愛くて仕方ない。なんだこれ。わざわざ代理を用意しなくても、私の前で呼べばいいじゃないか名前で呼んでいいんだぞ! いつでも!。
「ははは、大丈夫?」
「だ、だいじょぶ、です」
「ロイも結構ありふれてる名前だと思うけどね。君はエドで、俺はロイで。他に指定は? 話し方とか一人称とか。細かく設定するお客さんは珍しくないよ」
ありそうな想定をでっち上げると、エドワードは真剣に悩み始めた。
「そうだな、口調はもう少し堅めで偉そうに、人を小馬鹿にしたような、スカした感じっていうか。一人称は『私』で」
 おいおいそれは失礼だろ。私は誰も小馬鹿にしてないしスカしてもいないぞ。だが、これではっきりした。エドワードはレンタル彼氏で『ロイ・マスタング』に似た男を手配して、呼び方も話し方も『ロイ・マスタング』のように振る舞うよう依頼した。これは他ならぬ彼の意思なのだと。
「では、こんな感じで良いかな?エドワード。エドよりもエドワードの方が少し距離があって堅く感じるんじゃないか?」
 エドワードと、名前で呼んでみたかった。『鋼の』という呼び名は、彼を子供でなく、一人の錬金術師として見ている意思表示であり、彼にいつでも対等であって欲しいという私の願いでもある。
 ただ、それとは別に、個人的には彼を特別に甘やかしたかったり、親密な関係になりたいという願いもあったりする。
 目の前の子供は真っ赤になって何度も頷いている。照れっぱなしのエドワードなんてそうそう見られるものでもないので、今日はたくさん堪能しよう。ただ、鳩みたいに振って首が痛くならないだろうか。それは心配だ。




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