1 彼氏とは


 ひさしぶりに養母から急ぎの連絡が来た。電話で軽く聞いたが、詳細が気になりすぎて山と積まれた書類を無視し、定時で上がって店に向かった。

 セントラルの歓楽街。その一角に養母の店はある。所謂、女性と一緒に酒が飲める店だ。ドアを開けるとカウンターの女性が振り向いた。
「おやロイ坊、早かったね」
「そろそろロイ坊はやめませんかね、マダム」
苦笑いしながらカウンターに腰掛ける。時間が早いせいか客はまだ居ない。こちらには好都合だ。
「水割りを」
「こんな時間じゃまだ食事も取ってないんだろ? 胃に何も入れずに酒だけなんてのは感心しないね」
こんな時ばっかり子供扱いをするのだから困ってしまう。そんな人が今の自分に居てくれるだけでありがたいのだけれども。
「それで、さっきの電話の続きなんだが」
 早速、本題を切り出す。義母の友人が新しいビジネスを始めて、なかなかの成功を収めているそうだ。売春ではなく、もっと健全なサービス。擬似恋人を派遣するサービスだ。内容を男性の派遣のみに絞ったところ、これが大当たり。電話番も雇える事となり、店の女の子が掛け持ちで仕事を始めたのが先月のこと。
 そして昨日。その女の子(確かマーサと言ったか)からこんな話がマダムに届く。
『今日受けた依頼が、なんと「マスタング大佐に似た人」って内容だったんですよ! たまに来てマダムとお話ししてる方ですよね? やっぱり、格好良いから人気があるんですね〜。しかも、依頼人が可愛い声の男の子で!。まだ十五歳らしいんですけど…』
 内容に嫌な予感を感じて、マダムはここだけの話と聞き出した。聞き出した後で口止めをするという矛盾。そして私に連絡が来た。
「名前はエドワード・エルリック。十五歳で、マスタング大佐似の彼氏を指名して…って、ちょっと出来すぎじゃないかと思ってね」
「ありがとう。私も少し気になるよ。マーサは今日は出勤かい?」
「八時からだから、酒飲んでる間に来るだろうよ」
 当事者から直接話を聞けるのならばありがたい。そうこうしている内に目の前にトマトのシチューとバケットが並ぶ。ありがたく頂いて、マーサを待つ事にした。

 人の口に戸は立てられぬ、とはよく言ったものだ。出勤してきたマーサは私の問いに何でも答えてくれた。ありがたいが、守秘義務はどうなっているのだろうか。心配してしまう。
「可愛らしい男の子の声で、しっかりしてるのにまだ十五歳だって言うんですよ。なのに、好みのタイプを聞いたらしどろもどろになっちゃって! 可愛いなあ〜って。」
「相談なんだが、その依頼、私が受けるわけにはいかないかな」
「えっ、軍人さんって副業して良いんでしたっけ?」
今の論点はそこではないと思うのだが。この件において少し気になることがあるとか様々な言い訳をつけて、レンタル業を営む社長本人と繋いでもらった。マダムの知り合いということで話は簡単にまとまった。
 依頼人がエドワード本人である可能性は低い。だが、わざわざエドワードの名を騙る少年が、私に似た人物を指名するだろうか。そう、出来すぎているのだ。
 隠れてそっと見守れば良いのだろう。だが、好奇心が勝ってしまった。少年が来ても、少年の後ろに居る誰かが来ても、その場で捕まえて吐かせれば良い。
 しかし、本人が来たと言いふらされても困る。万が一を考えて出来るだけ普段のイメージから遠い人物像を作ってもらう事にした。難しいのは完全なる変装にはならないようにすること。そのさじ加減は難しい。
『軍人の硬さは捨てましょう。明るい色合いの服と、髪型も少しだけ軟派な色気を。泣きぼくろなど顔に大きな目印があると、人はそこばかりを意識します。いつも眼鏡をかけていないなら眼鏡も有効です。心持ちタレ目に見えるよう薄くラインを入れて、シャドウもはたきます』
 プロの出した答えはすごい。仕上げに渡された眼鏡は、旧友が愛用している形のものと似ていた。

 変装とは言え着なれない格好は少し恥ずかしい。待ち合わせの当日、どんな奴が来るのだろうかと楽しみに時計台へと近づいて行ったら、何という事だ。そこに居たのはエドワード本人だった。



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