レンタル10

「ロイさんは…」
振り向くと、同じように雨に濡れたロイさんは、流して固めた髪型もすっかり崩れて落ちていた。雨粒のついた眼鏡を外し、腕で顔をぬぐった。眼鏡無しで髪型が近いと大佐にしか見えない。思わず凝視するオレにはお構いなく、鬱陶しそうに前髪を掻き上げる姿は、きっとそれを目撃しただけで交際を申し込まれてそうなくらいの強い色気があって、見とれてしまう。
「何だ?」
「あ、ああ。あの、服、乾かそうか?」
「これが通り雨なら良いが、また濡れるのなら乾かす意味は無いな。ありがとう」
どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。別人だって最初から言ってるのに、オレの中の誰かが『あれ? これは大佐本人じゃねえのか?』って言い始めた。余計なこと言ってんじゃねえよ。言い始めた一人を囲んで、次々と脳内のオレが集まってきて会議を始めている。やめてくれ。これで、万が一相手が大佐だったとして、今まで話してしまった内容はどうしたらいいんだ。オレは金を払って取り返しのつかないことをしていたんじゃないか。
 落ち着け。考えろ。思考を止めるな。何か策はあるはずだ。とりあえず、雨が止んだらすぐに別れよう。出来るだけ『よく似てるから本人かと思ったけどやっぱり別人だった。その別人に素直に相談していたので、秘密は守られる』という都合の良い展開を望み…いや、推し進めたい。そういうことにしたい。
「せっかく君が延長してくれたのに、そろそろ時間が終わってしまうな」
ロイさんは腕時計を見て残念そうにため息をついた。
「今日は十分勉強になったよ。貴重な話もたくさん聞けたし。子供だってバカにしないで付き合ってくれて、すごく嬉しかったよ。ありがと」
ロイさんは眼鏡を拭いてかけ直した。そして、風上に回って、オレを木の幹へ、内側に押しやる。雨は激しくて、白い筋が視界を遮る。まるでそれを見せないようにオレを庇う。もうそろそろ時間なんだから、サービスしなくていいのに。
「そういえば、手を見るんだったね」
「そうだっけ」
「君が言ったんだ」
ほら。と差し出される右手は、程良く筋張った指がオレ好み。短めに綺麗に切り揃えられた爪も、大佐を想像させる。それでは遠慮なくと、握ったり撫でたり指をつまんだり。大人の手は大きくて、指も太い。触っているとくすぐったいのかロイさんが笑う。
「あんまりそう、いやらしく触られると」
「やらしいことしてないよ!」
「ならエドワード。君の手も」
そう言ってオレの左手を取って、同じように握ったりなぞったり、指を絡ませたりする。くすぐったかったし、見ようによってはいやらしいかもしれない。性行為の暗示とでも言えばいいのか。
「あー、悪かった。悪かったよ。くすぐったかったんだろ?」
引っ込めようとした手を握られる。ロイさんは少しかがんで、そのままオレの手の甲に唇を押し付けた。
「君の依頼の時間はさっき過ぎた。今はもう、雇用する者と従う者の関係ではない」
「延長料金が必要ってことか?」
わざとふざけて平静を取り繕うが、動揺は相手に伝わっている。熱っぽく見つめる視線に負けじと強く返すが、これは喧嘩じゃない。見るんじゃなかった。合わせた視線から目を反らすことができない。
「なあ。君が今の相手に告白しないというのならば、私と付き合うのはどうだろう。外見は嫌いではないのだろ? 仕事の制約でこちらも忙しいからいつでも会えるという訳ではないが、私だったら君の一番でなくても良い。君の気が向いたときに連絡をくれればいい」
吸い込まれそうな瞳と甘い言葉にくらくらする。もしかしたら、この人だったら。大佐じゃないけど、いや、大佐かもしれないけど。暖かい手が頬を撫でる。この人にこうやって触られることはなぜか嫌じゃない。雨で濡れた体は重くて、このままなし崩し的にすべてを流れに任せたくなる。
「エドワード」
名前を呼ばれて、体が震えた。抱きしめて欲しい。ぎゅーっと力を込められたら何もかもよくなってしまいそう。でも
「…『アルバート・モーラン』さん。今日は、ありがと」
そっと相手の体を押して、オレはまだ激しく降る雨の中に飛び出していった。



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