レンタル9


 セントラルには大きな公園が幾つかある。どれも市民の憩いの場になっていて、その内の一つはアルがお気に入りの、猫の集会場があったりする。猫成分が不足すると真夜中でも通っている。今日はアルとは会いたくない。言い訳はなんとでもできるがなんだか気まずい。現在地から近い場所よりも、時間がかかっても遭遇率の低い公園を選んで移動した。その途中も他愛ない話を沢山して、この人がいかに話し上手かを思い知る。

 公園はそこそこの天気のお陰もあって賑わっていた。炎天下よりも曇りの日の方がみんな出かけやすい。向こうの広場では子供が走り回り、離れたところでキャッチボールをしている人もいる。一つだけ空いているベンチに腰を下ろした。そうか、眩しいぞ。ここは木陰じゃないから空いていたのか。
「ロイさんは好きな人いるの?」
「業務上、答えたくないのだが」
「でも、オレにはいいだろ。客として次は無いってわかってるし」
「冷たいことを言うね」
「じゃあ、誰かを好きになった時のことを話してよ。思い出なら良いだろ」
無茶振りかもしれないが、この際多くのサンプルを収集しておきたい。嫉妬はしないよ。だって、オレが好きなのは大佐であってこの人じゃないから。
 ロイさんはしばらく考え込んでから、静かに口を開いた。
「それなりに恋愛はしてきた。好きだと告白されて、付き合って、楽しく過ごして。だが、自然消滅が多かった。以上」
「え、もう終わり? あんただったらもっとあるだろ。こう、ほら」
「業務以外のプライベートはあまり話したくない」
「オレには色々聞いたくせに。しょうがないなー」
もし、相手が本物の大佐だったらという興味と、大佐だった場合の嫉妬はすごくなるだろうというせめぎ合いの中で投げかけてみたのだが、かわされてしまった。本人が話したくないなら仕方ない。少しだけホッとしている自分もいる。恋に関わる感情は、自分の中だけでも多様で難しい。
「なあ。恋愛は、楽しい?」
「楽しいだけの関係もあるが、苦しいし辛いしどうしても諦めたく無い気持ちの恋愛もある。それぞれとしか言えない」
「まあそうなんだよな、きっと」
一般論ではもう足りないんだ。やっぱり個人の体験を聞かせてもらいたかった。
「あっ、そうだ。ロイさん、手、見せて」
「?」
「手が見たい。っていうか、触らせて欲しい。変なことしないから」
「逆に、君の考える『変なこと』の方が気になるんだが」
若干警戒されながら、手を差し出される。その手を取ろうとした時だ。
「あ」
 ポツン。と、雨粒が額に当たった。公園に移動する間に、少し雲行きがあやしいとは思っていた。その前に、ケーキ屋のテラス席で途中から風が吹いてくるのも気になっていた。雨雲の下に入らないなら関係ないんだけど、運が悪かったみたいだ。
 思わず顔を見合わせて、そのまま空を見上げる。先ほどまでの青い空にはいつの間にか薄黒い雲が浮かんでいた。
「エドワード。移動しよう」
 ポツリ、ポツリと落ちていた雨粒はすぐに数を増し、地面を叩く音が大きくなる。公園にいた人たちは避難先を探して散り散りになった。オレらも急がないと。だが、手近な場所は先客に埋もれていてなかなか入れない。小さな子供を連れた親子連れで満杯の場所に、割り込める訳がない。
「エドワード、こっちだ」
ロイさんはすぐに見切りをつけて次へ向かう。方針が近い相手との行動は楽だ。しばらく走るしかなくて、随分と奥まで来てしまった。
 やっと雨宿りできそうな木陰にたどり着いた。オレはフードを被れば良かったのに、すっかり忘れていて、頭がべしゃべしゃに濡れてしまった。
「大丈夫か?」
「ああ。濡れただけ。慣れてる」
ずぶ濡れのコートで頭を拭く。コートの便利なところは、こうしてか外側だけが被害を被っても中は無事なところだ。その後きちんと乾かさないと臭くなるので注意は必要だ。




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あきゅろす。
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