VRC 3


 エドワードとの食事の約束は、なかなかお互いのスケジュールが噛み合わず、打診してはすれ違うメールばかりを繰り返していた。
 会いたいだけなら水曜日か金曜日に店へ行けば良い。そうではなく、明るいうちに会いたい。メイド姿の彼でなく、素の姿のエドワードに会いたかった。
 予定は決まらないが、これも悪いばかりでない。エドワードは、今日はどうだ明日はどうだと細かく予定のメールを送ってくるし、私も関係の無い雑談のメールを送るようになった。
 今朝は「おはよう!」なんて一行だけのメールが届いて、挨拶だけでも伝えたかったのかと想像して通勤電車の中でにやけてしまった。
 昼間の彼はどんな生活をしているのだろう。エドワードの私生活に踏み込んで良いかまだ迷う距離ではあるが、聞けるものなら聞いてみたい。
 私が想像した通りに学生で、昼間は学校に通っているのだろうか。それとも働いていて、夜にバイトの掛け持ちなのか。弟と幼馴染がいると言っていた。空手の道場にも通っているらしい。
 私はそれくらいしか知らない。他の客だって知り得ているような情報だろう。そう思うと、途端に胸がちりりと痛んだ。あからさまな嫉妬や独占欲。まだ何も関係していない彼に、私は何を望んでいるのだろう。落ち着かなければ。



 彼への執着を自覚してしまうと、メールの一つ一つは途端に特別なものとなる。そんな中、エドワードからの電話は、私の心臓を止めそうになった。
「もしもし?」
 誰もいないフロア。会社に一人残って残業をしていたところへの着信に、迷わず通話ボタンを押した。
「ああ良かった。繋がった。私、ミサトです。エドちゃんの携帯から代わりにかけてます」
「あ、お久しぶりです」
 エドワードでなかったことを少し残念に思いながら要件を想像する。金曜日なのに客が少ないから来て欲しいとか、そう言った営業の電話だろうか。
「今、まだお仕事中でしょうか。すぐお店に来られますか?。エドちゃんが…」


 連絡を受けた私は、会社を飛び出してタクシーを拾い、電気街の店へと向かった。
 信号で止まる度に電車にすれば良かったかと一々後悔してしまう。一つ前の交差点で渋滞に引っかかったので、その場で降りて走った。一秒でも早く行かねばと気が焦る。

「こんばんは。すみません、エドワードは」
 店のドアを開けて、自分が来た説明もせずにエドワードの居場所を問う。ボーイは勢いに押されたのか無言で奥を指すので、通常営業中の賑やかな店内を横切ってバックヤードへと向かう。
「エドワードは?」
 バックヤードの、倉庫の端に伸びきって転がったいつものメイド姿のエドワードと、ミサトさんともう一人、キャストの女の子が心配そうに付き添っている。
「マスタングさん、すみません。呼んでしまって」
「それよりも、エドワードの具合は大丈夫ですか?」
「さっきより良いみたいで。眠ってはいないので会話は聞いているけれど、しんどくて話したくないって」
 事の経過は最初の電話と、タクシーの中でもう一度かけなおして聞いて確認した。
 早い時間に面倒な客が来たのだそうだ。女の子に強い酒をやたらと勧める。断ると「お前の稼ぎになるんだろ?」と恩着せがましい。見かねてボーイも止めに入ったが収拾がつかず、エドワードが割って入り、相手が潰れるまで付き合って追い出したそうだ。
 危機は去ったが、エドワードの具合が悪くなり動けなくなったという。そして、私を呼んで欲しいと繰り返すので連絡した。
 店長は居ないのか。リスク管理はどうなっているのかと問いただしたくなったが、ここは身内の店じゃない。
 まず急性アルコール中毒の疑いがあるなら、救急車を呼ぶべきだ。そう言ったが、店長が居ない時に面倒を増やしたくないと断ったのが、エドワード本人だという。
 苛つきを隠さずに大きく溜め息をつく。この面倒な事態を終わらせるために、私は急いで店に来たんだ。
「エドワード。病院に行ってもらうぞ。急性アルコール中毒で君が死んだら、救急車を呼ぶ騒ぎなんかとは比べものにならない程の大騒ぎになる。万が一だが、君が未成年だったら店は続けられるかもわからん。それでいいならそのまま寝ていろ」
冷たい言葉に周囲が固まる。私は怒りを抑える事が出来ないし、するつもりもない。
「…へーき、よくあるんだ。こういうの。時間が経てば戻る。だから」
 苦しさに途切れ途切れな言葉と掠れた声が痛々しい。エドワードが動かずに答える。
「今日は、帰りたいんだけど、鍵、無くて」
「で、私を呼んでどこへ行く?病院?ホテル?」
「金は、後で払う。から。とりあえずどっか、寝たい」
「こんな客、泊めてくれる所なんて無いぞ。バカだな君は」
ははは。そうだよな。と、力無く笑うエドワード。最初から私に提示された選択肢は一つだったし、拒否することもできなかったんだ。
「ミサトさん。エドワードの持ち物をまとめて下さい。あと、タクシーを呼んで欲しいのですが」
「マスタングさん、ありがとう」
ミサトさんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「簡単に信用しない事です。私が彼を安全な所へ避難させるかどうかなんて分からないでしょう。店に数回来ただけの客なのに」
「でも、私以上にエドちゃんはあなたを信用してるから」
突き放すつもりで言ったが、こんな言葉を返されてしまうとこちらに罪悪感が残る。
 数分してタクシーが到着した。裏口から出て、ミサトさんにはエドワードの荷物と私の鞄を運んでもらい、私はエドワードをおぶる。あからさまに嫌そうな顔をしたタクシーに何とか説明して車を出してもらった。
 こんな状態の酔っ払いを連れてホテルには泊まれない。家の鍵は無いと言っていたのはどこまでが本当かわからないが、ただひたすら、家には帰りたく無いということだ。そうなったら私の家に連れて行くしか無い。


 タクシーを待たせて二往復。荷物を運び、エドワードを横抱きに抱えて運ぶ。背おらず「お姫様抱っこ」にしたのは、背中で吐かれたら逃げ場がないからだ。店から出る時はまだ人手があったから良かったのだが、今の私に味方はいない。エドワードは小さいくせになかなか重くて、脚に力が入る。見栄を張って何事も無いかのように運ぶ。
 自宅に人を入れるのは久しぶりだ。一昨日、なんとなく掃除しておいて良かった。あれは何かの兆しを野生の勘が察知したのだろうか。私は野生動物では無いし、どこにでもいる一般的なサラリーマンだが。
 とりあえず、エドワードを部屋のソファーに寝かせてローテーブルに最低限必要なものを並べた。ひらひらとしたメイド服を着てぐったりと意志なく横たわるエドワードは、大きな人形のようだ。リアルなダッチワイフの写真を見て驚いたことがあるが、こんな感じで現実感の無い絵面だったなんて、不穏なものを思い出す。
「水はテーブルに置いておく。隣の濡れタオルと普通のタオルも勝手に使え。あと、ゴミ箱にビニール袋入れてあるから、吐くならここに」
「うう〜」
眩しい。と、目を瞑ったままのエドワード。白い眉間に深くシワを寄せている。
「あたま痛い」
もそもそと手探りだけで結った髪を解こうとしているので、手伝ってやる。頭の両サイドに括ったゴムがなかなか外れずに苦労する。
「いててててて」
髪を完全に下ろすと、彼の髪の長さを改めて思う。どうして伸ばしているのかも今度聞いてみよう。呑気な私とは対照的に、エドワードは痛そうに頭をさすっている。
 一先ず無事なようなので彼は放っておき、私の身支度を整える。スーツからTシャツとスエットの部屋着に着替え、ベッドを整える。シーツは変えたばかりだから、このまま使ってもらう。何かあるかもしれないし。吐かれるとか。
(ゴミ箱と水とタオル。あと何が必要かな、荷物もこっちの部屋に運んでおいてやろう。時計も見える位置に、念の為…)
 私は今彼が横たわっている、リビングのソファーで眠ろうと思う。何かあった時にすぐに対応できるように、着替えも一式用意した。ここが良い位置だと思う。
「エドワード。何か欲しいものはあるか?」
「ない、けど。胃が、気持ち悪い」
「着替えよう。私のパジャマしかないがいいね?」
 この調子では、放っておいても朝までそのままだろう。強制的に着替えさせてベットに放り込むのが一番だ。
 改めてエドワードの姿を見て戸惑う。丈の短いスカートに、ニーハイソックス。ひらひらのエプロン。どこから脱がせば良いのだろうか。謎の罪悪感といやこれ違うからそうじゃないから!という言い訳で決断が鈍る。
 困ったことに、私は自他共に認める太ももフェチだ。発表した事は無いが。控え目に言っても彼の絶対領域は私の中でかなり評価が高い。白く傷一つ無い滑らかな太ももに、噛みついて歯形をつけたくなる。内側を舐めて吸って赤い跡をつけたくなる衝動を抑える。
(その、誘惑に負けたわけじゃない。小物から外した方がいいかと思ってだな…)
 さっきから心の中は言い訳に忙しい。なるべく肌に触らないように、というのは無理だったので、潔くニーハイソックスに手をかける。そんな時に限ってだ。タイミングが悪くてエドワードが脚を動かした。私の手が彼の太ももの内側を撫でた。
「ん、ン…っ」
 くすぐったそうな上ずった声。エドワードも不意の刺激だったのだろう。恥ずかしそうに顔を背け脚を閉じる。

 これはヤバい。

普段の横柄な彼を知っているからこそ、この恥じらいの表情が特別なものに見えてしまう。
(落ち着け。落ち着け)
 心の中でお経のように繰り返し、長いニーハイソックスを脱がせる。真っ白な脚は適度な筋肉質で張りがあり、彼が金髪だからだろうか薄いのか、毛も目立たず脛もつるりとして、少女の脚のようでもある。
 しかしこのドキドキも捲れたスカートの内側から覗く男物の下着にクールダウンさせられる。パニエの下に、皺くちゃのトランクス、流石にこれに欲情できるほどの上級者ではない。ありがとうトランクス。君の色気の無さに私の沽券が保たれる。
 次はどこから解体すべきか。表皮を覆いエドワードの嵩を増している、白いフリルのついたエプロンが妥当か。腰で結んでいるが、そもそも本当に結んでいるだけなのだろうか。形を作ったリボンがボタンで止められている可能性もある。
「うぐ」
 背中を見るためにひっくり返そうとしたら、エドワードから苦しそうな息が漏れた。下を向かせると吐くかもしれない。正面から覆いかぶさるようにして腕を回し、腰の構造を探る。ボタンなどではなく、上手に結んであるようだった。固結びにならぬよう丁寧に解いて、するりと引き抜いて横に落とす。
「これ、どうなってるんだ?」
 次に現れたのは黒いワンピースのような、何て言ったらいいんだこれ。まあ、スカート、なのかな。良い年をしたおっさんがニーハイソックスやパニエといった固有名詞を知っているだけでも褒めてもらいたいくらいだ。
 よくよく観察すると、背中側にジッパーがあるようなので、そっと抱き起こして寄りかからせる。エドワードの腰は細く、体は薄い。このまま強く抱きしめて体の厚さと弾力を堪能したくなる。私の理性が負けてしまいそうな距離に少しだけ緊張する。タバコの臭いと、何か分からないが甘い香りもして動揺に手元が狂う。
「…ッ、あ」
 背をなぞる指にエドワードの体がびくんと揺れた。もしかしたら感じ易い体…いや、くすぐったがりなのかもしれない。エドワードが不意に上げる声は掠れて高くて、情事を思わせる。さっきから私の心が汚れているだけかもしれないが。
「お願いだから変な声出さないでくれ。こっちが変な気分になる」
誰が悪い訳でもないが、気まずさに原因を押し付けた。髪が邪魔してなかなか辿り着けない。やっと摘んだジッパーを腰まで下ろす。
「?」
 脱力状態で寄りかかっていたエドワードに、ぎゅ。と抱きしめられて、密着が強くなる。
「オレも」
「どうした。気持ち悪いか?」
気持ち悪いならこのまま抱えてトイレに運ぶか、ここでゴミ箱を使わせるか、なんて本気で心配していたのに。彼の返事は違った。
「勃ちそう。酒飲むと、な。ははは」
 劣情を見透かされていたのだろうか。背中に汗をかきそうなくらい体温が上がった。
「なあ。あんたなら、オレは」
 耳元で囁かれる、甘く強すぎる誘惑。困ったことに、彼が男であることは私にとって障害ではない。しかし私の中から湧き出した感情は、自分でも思いも寄らぬものだった。
「…そうやって、酔ったら相手は誰でもいいのか。君は」
 彼は酔うたびにこうやって誰かと関係を持っているのだろうか。自分以外にも、こうして誘われた男がいるのだろうか。可能性に気付いてしまい感情に囚われる。頭に血が上っているのは、欲情なのか怒りなのか自分でも判断がつかない。
 エドワードの体を押し剥がして、乱暴に服を脱がす。黒いワンピースを剥ぎ取り、シャツもボタンが取れる勢いで脱がす。トランクス一枚になった細い体に無言でパジャマを着せて、問答無用で抱き上げてベッドまで運んだ。
「ぶっわ!」
ぼすん。と投げる勢いで寝かせ、水やらタオルやらをサイドテーブルに並べてライトを点ける。
「必要なものは揃っている。トイレは勝手に行け。私は隣の部屋で休む」
 事務的に告げて部屋の電気を消し、ドアを閉めた。
 それまで壊れ物を扱うかのようにしていたのに、急に乱暴にされて驚いたろう。しかし、どうしても早く離れたかった。
 頭を冷やすために熱いシャワーを浴びたが、それでも苛々は収まらなかった。

 散らかった服を畳み直して片付け、電気を消して眠る前にそっとベッドルームの前で聞き耳を立てた。異常は無いようなので薄い毛布を片手にソファーに横たわる。時計の針は真夜中の三時になろうとしている。
 彼は今、男ウケのする格好を自ら進んでしている。職場がそういう店だからだ。『あの店で一番似合っているのは俺だと思ってる』と話していたが実際どんな気持ちで着ているのかは知らない。
 そんな彼に私が劣情を抱いたとしてもおかしくないと思うのだが、逆に彼が私とセックスしようと思うに至る根拠が見つからない。
 同性が好きという事でも無いようなのだ。ならばどうして私を誘ったのか。危険な相手に見えないからか。目の前にいて丁度手頃だったからか。もしくは金が取れると思ったのだろうか。
 彼はこうやって、酔って性欲が高まった時に誰かを誘っているのだろうか。性欲を満たすために適当に相手を選んで。相手が男だろうと女だろうと思い浮かべるだけで胃の奥が熱く焼ける。
 怒りを直接彼にぶつけてしまいそうな自分を薄い毛布で包んで止める。お門違いもいいところだ。水商売の人間が客に愛想を振りまくのは当たり前。同伴やアフターだって珍しい事ではない。養母の店で『営業活動』を特別だと勘違いしている客を見るたびに、愚かだと思っていたが、今の自分はまさにそれだ。ちょっと懐かれただけで自分は特別だと勘違いした。性欲処理に誘われて、ラッキーだとつまみ食いすることも、冗談だと受け流すことも出来ずに勝手に怒っているのだから滑稽なものだ。
 落ち着こうとしているのに、血が頭に上ったままだし熱は引かない。我慢が限界を超えたら、怒りのままに隣の部屋にいるエドワードを襲う事だってできる。だが、性欲を満たせるなら誰でもいいエドワードの満足した顔なんて見たら、憤死するか細い首に手をかけて絞め殺してしまいそうだ。
(落ち着かないと。とにかく寝てしまわないと)
 羊の数を数える余裕もない。ぐらぐらと煮えたまま、眠ったのは光の差し込む明け方だった。



 腹が減って目が覚めた。まだ眠いとも思ったが、空腹に負けた。時計を見ると昼近くで、昨晩、残業中にコンビニのおにぎりを一つ食べたきりだったのを思い出す。その後は慌ただしすぎて食事を忘れていた。
 カーテンを開けるとよく晴れた空が明るすぎて眩しい。今日が土曜日で良かった。エドワードの様子を見にベッドルームの扉をそっと開けて中に入る。
(昨晩は乱暴に扱ってしまったし、寝ている間に吐いて気管を詰まらせて死んでいたらどうしよう…)
 しかしそんな心配とは無縁で、薄暗い部屋の中で寝息を立ててぐっすりと眠っている。良かった。安心した私は起こさないようにそっと戻り、着替えて身支度を整えた。
 さて、腹は減っているが何を食べようか。冷蔵庫にはいつも通り大したものが入っていない。テーブルの上に書き置きを残して、私は近所のスーパーに買い出しに向かった。


 空腹の時の食品売り場は危険だ。特に惣菜売り場。あれもこれもと買い込んで大荷物で帰宅した。戦利品を片付けていると、出る前にセットしておいたご飯が炊きあがった。その匂いにつられたのか、ベッドルームのドアが開く。
「おはよう、エドワード。具合はどうだ」
「腹減った」
 パジャマを盛大に余らせ、寝起きのぼんやりした顔のくせに答えは明快で、元気なようで安心する。彼にシャワーを勧めて、その間に食事の用意だ。この、自炊をほとんどしていない一人暮らし三十代会社員の底力を今こそ見せる時だ。
(しかし、何を作れば良いのやら)
スープはインスタントスープの素で良いだろう。まず湯を沸かす。エドワードは腹が減ったと言っていたが、パンとご飯どちらなら食べられるのか。人のために食事を用意する難しさに、既に壁にぶち当たっている。
「出たー。タオル借りた」
濡れた頭にタオルを乗せてエドワードがさっぱりした顔で戻ってきた。つるつるの剥き卵のようだ。
「朝食にと思って色々買って来たんだが、何が食べたい?君に選んで貰おうと思って」
「あ、ロイさんは自炊しない人?」
「一人暮らしは長いが、時間も無いので殆どしないね。全く出来ない訳じゃ無いが」
 失礼。と、エドワードは台所のチェックを始める。調味料と、調理器具。今ある食材、買ってきた惣菜を求められるがままに説明する。
「作ってくれる人がいつでも居るから、作らずに済む。とか」
「居ないよ。だから上達しない」
「ふーん。本当かな。ロイさんは腹減ってる?時間待てる?」
「すごく空いてるけど、待てるよ」
エドワードは濡れた髪をパチンとゴムで一つに括り、パジャマの袖をまくる。起き抜けのぼんやりした顔が嘘のようにきりりとして、金の瞳が光る。
「なら二十分、いや十五分だ。そのまま食ってもいいんだけど、パン焼いて買ってきたカツとレタスとスライスチーズでチーズカツサンド。卵はベーコンと一緒にスクランブエルエッグと目玉焼きどっちがいい?レンチンでゆで卵でもいいけど」
「ああ、聞いているだけで美味そうだ」
 喋りながら既にエドワードは動いている。パンと惣菜のとんかつをトースターに並べてセットする。
「うーん、スクランブルエッグ、かな」
「卵を五個割ってよーく溶いておいて」
ボウルを渡され、私が卵を割っている間にフライパンとバターが用意され、エドワードはもうレタスを洗っている。段取りが良くてとても気持ちがいい。
「お湯は?」
「沸いてるよ」
「お湯入れてスープ二つ作っといて。レタス千切ってサラダにしたいから器も。あと、机に食器の用意を」
「了解。君は手際がいいな」
「まあ、慣れてるから」
 慣れているという言葉の通り、十五分もすると立派な食事がテーブルに並んだ。自分の部屋とは思えない光景だ。
 食欲とはやる気である。少し手を加えるとこんなに美味しい食事が出来上がるのだ。理屈はわかっていても実現するには難しい。
「おっし、いただきます!」
「いただきます。君は器用なんだな。すごい」
「ロイさんが色々用意してくれたからだよ。これで足りなかったらおにぎり握る」
「具は?」
「クリームチーズと塩昆布」
「合わせた事は無いが美味そうだ」
「美味いよすごく。おつまみっぽい」
 楽しく食事をしているが、昨晩の事が全く無かった事になるわけでは無い。言葉を選んで切り出す。
「エドワード。体調は?こんなに一気に食べて大丈夫なのか?」
 エドワードは、あ。と言ってフォークを置いて姿勢を正す。
「昨日はありがと。助かった」
 ぺこりと頭を下げられてしまい、もうこの件は終わりにしようとまで思う。私は彼に甘すぎる。
「お願いだからもう無理はするな。心配させないでくれ」
 しゅん。としたまま動かないエドワードに、食事を続けるよう促す。
「でも、頼ってくれてありがとう」
これくらいは言ってもいいだろう。私の中にある感情の、一番素直で綺麗で害悪にならない部分を結晶化させて摘んだ最善の一言だ。
「あのさ。頼っていいなら相談乗って欲しいんだけど」
「何だ?」
「靴とパーカーと荷物はここにあって、ありがたいんだけど、オレの服が無い」
「え」
「メイド服で帰るしか無いんだけど、このマンションからあんたの部屋からメイド服で出てっていい?」
 課題はまだまだ山積みのようであったが、一先ずは彼が用意してくれた美味しい昼食を食べることにした。


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あきゅろす。
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