デリマス 9


 約束の二時間はあっという間に過ぎた。濃密な時間を楽しんで身体は満足したはずなのに、エドワードは少し不機嫌な様子で服を着る。
「なんでさあ」
「付き合ってやったろ。これは予定に無い大サービスなんだからな」
 エドワードばかりがイかされて、ロイが達していない事を不満に思っているようだ。先に身支度を整えたロイは時計を見て時間を気にしている。
「まさか、デリヘルで呼ばれた娘が仕事の度に必ずオーガズムに達しているとでも思っているのか?。AVのイメージは捨てた方が身の為だぞ。あれは男が都合よく抜く為の物であって教本ではないからな」
「そうじゃねえけど。なんか!何か納得が!」
「君が未熟だとでも言って欲しいのか」
「しょうがねえじゃん。男相手にした事ねえんだから」
「女相手にだってした事無いだろ」
「だから、そうじゃなくって!」
 エドワードはロイの身体に触れたり性器を扱いたりはしていたが、ロイは危なくなると体勢を変えてエドワードを的確な愛撫で翻弄し、エドワードは相手を追い詰める事もさせて貰えなかった。
エドワードも手を洗ったり髪を整えたりしながら、段々と甘い余韻から離れて行く。悔しそうな表情の奥で不穏な事を考えていそうな様子に、ロイは空気を変えようと立ち上がる。
「なあ。来た時から気になってたんだが、何か匂いが…」
「カレーかな?来る前に作ってたから」
「色気が無いな。人を呼ぶのだから少しはその気になって貰える様に気を遣え。ついでに腹が減ったからそのカレーを食わせろ」
「色気が無いのはどっちだ!」
 ロイの一方的な要求に、渋々といった様子で鍋に火をかける。
「じゃあオレも食べるからちょっと待ってろ、今用意する」
「時間延長だが今回はサービスしてやろう」
「人ん家の食料食って金まで取る気なのか!」
「性行為目的でなく、対価を払って楽しい時間を買う客は少なくないよ」
「オレが楽しいんじゃなくて、腹減ってるあんたがカレー食いたいだけじゃん。うちは福神漬け無いからな」
 エドワードをからかいながら、ロイは鍋を覗きに来る。一人暮らしが使うには大きい鍋の中は、粘度の高そうなとろりとしたカレーがたっぷりと煮えている。
「待ってる間にシャワー浴びるか?」
「いや。風呂はいいが少し洗面所は借りるよ」
「ごゆっくりー。タオルは中にあるから勝手に使え」
 洗面所というか、後から無理矢理はめ込んだユニットバスはそこだけが真新しく白い。ドアを閉めて手を洗いながら、ロイは息を吐いた。男相手のセックスだというのに、エドワードはロイにとって魅力的な相手だ。手慣れた女は面倒が無くて良いが、暗黙の了解の分、良くも悪くも客観的な付き合いになってしまう。エドワードの見せる素直な反応と、感じている素振りを作る余裕など無く与えられるままに快感に溺れる様子は、気遣いの無い満足を与えてくれる。
 ただ、初心者を相手に射精にまで至るのは威厳を保てないような気がして今回は我慢した。あのまま欲をぶつけて満足しようと思えばできただろう。今もそうしようと思えば、先ほどまでの行為を思い出してここで抜く事もできそうだ。
 上がりそうな熱は早々に抑えなければならない。食欲を満たせば性欲は落ちるだろう。水で顔を洗い積んであるタオルを一枚借りる。ふと、鏡に映った自分の首筋が気になった。シャツのボタンを二つ程外して中を覗くと、肩の付近にエドワードの歯形がうっすらついている。
(あいつ…)
 許したのは自分だが、まあ遠慮の無いものだと思わず笑ってしまいそうになる。
 一人暮らしの貴重な食料を奪うのも申し訳ないかと考えたが、やはりカレーは代償にいただこう。そう決めて洗面所を出た。
「こんくらいで足りるか?」
 ロイが戻るタイミングに合わせて、ローテーブルにカレーの皿が置かれた。カレーは深めの皿に大盛りに盛られ、半熟のゆで卵の半割が端に添えられている。しっかり温め直したのか部屋にはスパイスの香りが漂っていて、座布団の用意された位置にあぐらをかいて座ると距離の近さに更に濃くなる。
「不味いとか言うなよ。オレの貴重な食料なんだから」
「鶏肉?」
「そう。ちょっと辛いからな」
 エドワードは自分のカレーと麦茶も用意して、向かい側に座った。揃った事を確認して、ロイは手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
 最近口にしていなかった挨拶に少しだけ照れる。ロイはカレーを一口掬って口に入れると、少し驚いた顔をした。一人暮らしの大学生、しかも男料理に全く期待などしていなかっただけについエドワードの顔を見てしまう。
「なんだよ」
「美味い。驚いた」
「当たり前だ。オレが作ったんだからな!」
 エドワードが得意そうに笑う。笑うと幼い印象は深くなる。さっきまでロイの手に翻弄され、喘いでいた人物とは思えない。
「玉ねぎの安い時に飴色玉ねぎを沢山作って冷凍しておくんだ。鶏は焼く前にヨーグルトとカレー粉で浸けると柔らかくなる」
「詳しいな」
 得意分野なのだろうか、エドワードは嬉しそうに自家製カレーについて説明する。
「人参と、あればリンゴは摺り下ろして、トマトの缶詰も入れる。ルーは辛口と中辛を混ぜるんだけど、できれば違うメーカーのがいい。ジャガイモは入れないんだ。半分は冷凍するから」
「料理が好きなのか?」
「母さんが死んでからずっと自炊だから、オレも弟もそこそこ作るよ。作らなきゃいけないなら美味い方がいいじゃん。あんたは料理しなさそうだな」
「今は忙しいからね。暇がない」
「それ、下手な奴の言い訳なんじゃねえの?」
「人並みには作れるさ。味は普通だといわれたぞ、部下に」
 エドワードは意地悪くにやにやと笑って、あんたの部下の人はかわいそうだなー。本当の事なんて言えないもんなーと繰り返す。
 スパイスの効いたカレーを食べ進むと、じわりと額に汗が浮いてきた。換気の為に開けた窓のせいで、もう部屋の中も外気温と変わり無い。麦茶がやけに甘く美味しく感じる。空腹は最大のスパイスだと誰かが言っていたが、今の環境がカレーの評価を二割くらい底上げしているかもしれない。
「……騙されないぞ」
「え?何、おかわり?」
「いや、そうではないよ。量は十分だ」
 一気に食べ尽して皿が空になると、どちらともなく、あー。と満足の声が上がった。
「こっち来てから、こうやって家で誰かと飯食ったの初めてかも」
「大学の友達は居ないのか?」
「家に来たって面白いもん何もねえし、遠いからわざわざ呼ばねえよ。前に一度、深夜に呼んだ時に大騒ぎされたから、うるさい奴は出禁にしたんだ」
「それは懸命だな」
 ロイも言われて気付く。誰かの手料理をこうして向かい合って食べる事は久しい。
「なあ。また今度、何か作ってやってもいいよ。あんたは何が好き?」
「好き嫌いはないから、君が得意な物を作ってくれればいい」
「じゃあさ、その分サービス料割り引いてよ。指名料とか」
「食事の出来次第だな」
「今日のは?」
「カレーはとても美味いが、私も君の好きにさせてやったからなあ。おかげで肩に君の歯形が残ってしまった。だからチャラだ」
「厳しい!」
「私は安くないからね」
 エドワードはロイと一緒にごちそうさま。と挨拶して、二人分の食器を持って流し台に運ぶ。洗い物をしている後ろ姿を眺めながら、ロイは座ったまま話しかける。
「貧乏学生がデリヘルなんぞ毎週呼んで、金は大丈夫なのか?」
「ちゃんと支払うから心配すんなよ」
「私の魅力のせいで生活が破綻したなんて言われても困るからな」
「ほんと自信過剰だよな。その面の皮を二枚くらい売ったらいいんじゃねえの?。世の中に欲しい人は居ると思うよ」
 洗い物を終えたエドワードは、いつもの様に茶封筒をロイに差し出す。ロイもいつもの様に中身を確認せず、ポケットに突っ込んだ。
「ごちそうさま。美味かったよ」
「だろ?そうだろ?」
 エドワードに礼を言って、ロイは上着を掴んで玄関に向かう。靴を履いて振り返ると、カレーを褒められたからか機嫌の良いエドワードがにこにこしながら見送りに来ている。口に出したら怒られそうなので言わないが、やはり小さい。玄関の段差があってもロイの背を越すにはまだ足りない。
「エドワード」
 細い腰に腕を回し引き寄せる。ロイはわざとエドワードの股間を押す様な角度で身体を密着させて、白い耳に唇を寄せた。
「君の手は気持良かったよ、とても。だが、相手を煽った先の危険性も考えなさい。私は女ではないのだからね」
 ちゅ。と音を立てて耳にキスを落とすと、ロイはエドワードを離した。ロイの囁きが効いてしまったのか、真っ赤な顔で、すとんとその場に座り込んでしまうエドワードを見下ろし、余裕の笑みを向ける。
「今のは卵の分だ。私も、半熟のゆで卵はあれくらいが好きだよ」
 パタンと閉じたドアの向こうから、数秒置いて、あーーーっ!という大きな叫び声が聞こえたがそれを無視する。カレーの匂いがする中で格好つけて囁いても笑えるだけかと思ったが、エドワードは本当に純粋だ。
 ロイはにやつく口元を手で隠しながら車を止めた駐車場へ戻って行った。




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