デリマス 2


 依頼の当日。住所の通りに辿り着いた先は、今時珍しいくらいの質素なアパートだった。そしてロイは既に少しだけ機嫌を悪くしていた。
 立地は駅から微妙に遠くて、下町のように路地が入り組んでいる。思ったより近いからと車で来た事をもの凄く後悔した。近くにコインパーキングすら無くて停めた場所から十分近く歩く羽目になった事や、道が狭いくせに一方通行でなく、交通量が多くて擦れ違う時に擦りそうになったり。日差しが強くて冷房の効いた車内から出た途端に汗はかくわと、重なる些細な事が短い間に彼の機嫌を損ねていた。
 (メゾン・リゼンブール、か。メゾンではなくアパートとか小山荘とかにしたら分かり易いのに)
 築何年だろうか。見れば見るほど、貧乏学生が一人暮らしをしていそうな安アパートだ。
 昨日のやり取りから、相手の状況は何となく想像がついている。声からしたら子供だが、女を買おうと言うのだから、大学生くらいの年ではあるのだろう。地方から上京してきて一人暮らしを始めて、人恋しさか好奇心に出張風俗を使ってみた、とか。多分そんなもんだ。
 それにしても、幼い声+純朴すぎる問い合わせ+ここまで警戒心の無い依頼(自己紹介付き)のコンボは、なかなかお目にかかれ無い。一体どんな田舎から出て来たんだろうか。今さっきの苛つきと、最近の退屈を少し晴らして貰うくらいは苛めて帰るつもりだ。ストレス解消でも無ければ、こんな所にわざわざ出向いてなど来ない。
 表札と部屋番号を確認して、腕時計を見る。約束の時間を二分過ぎてタイミングは丁度いい。ロイは玄関チャイムを押した。
「すみません、エルリックさんのお宅ですか?。派遣会社の者です」
 ドアスコープから覗かれる事を意識して、穏やかな表情を作る。少しして、はい!と元気な返事が返って来たかと思うと、いきなり扉が開いた。現れた存在にロイが固まった。頭を出したのは、小柄な少年だったからだ。
「…あの、こちら、エルリックさんのお宅…で、間違いありませんでしょうか?」
「そ、そうですが」
「エドワード・エルリックさんはいらっしゃいますか?」
「オレですけど」
 吹き出しそうになるのをこらえて、そうかそうかと勝手に納得する。ロイは笑顔をもう一度作り直して、少年に優しく話を続ける。
「この度は私共の店『エンジェルデリバリー』の派遣サービスにお申込み頂き、誠にありがとうございます。本日、簡単な手続きと確認に参りました。私はロイ・マスタングと申します」
「はあ」
「話が長くなりますので、お部屋に上げて頂いても宜しいですかね?」
「あっ、はい」
 少年は簡単にロイを招き入れた。二間の部屋は予想通り狭いが、ロイが思い浮かべていた酷い想像よりはずっと清潔で暮らしやすそうであった。
エドワードはロイの分の冷たいお茶を入れて、どうぞと小さなテーブルへ促す。親の躾が良いのだろう。デリヘルを呼ぶような子ではあるが。
「驚きました?女性が来ると思っていたでしょう」
「あっ、はい。まあ」
 ロイが話しかけると、緊張気味に対面へと座った。頂きますね、と優しく返して冷たい茶に口を付ける様子を相手はじっと見ている。全体的にやや小さくて細身ではあるが女と間違える程ではない。金の髪は少し長めで一つに括っていて、それが余計に印象を華奢に見せるのかもしれない。真っ白な肌にはっきりと整った顔立ち。男女どちらからもモテそうではあるが、満足はしていないから風俗に頼ったんだろうと思うと、少し勿体ない気がしてきた。
「本来ならばお客様が指名した女性をそこへ派遣するのが私共の行っているサービスなのですが、今回は少し確認したい事がありまして」
「えと、何でしょう」
「エルリックさん。貴方、本当に成人してらっしゃるんですかね?」
「へっ?」
「規約にあります通り、成人していない方のご利用は出来ません。また、成人していても学生の方…、高校生、大学生、大学院生の方もお断りしています」
「そ、そうですか。入り口に十八才以上って書いてあったから、いいのかなって」
「閲覧はね。でも君、まだ高校生くらいじゃないか。どうしてデリヘルなんか呼んだのかな」
 子供に問いかけるようにいきなり口調を崩したロイに、エドワードが気まずさを言い訳に突っかかった。
「ちゃんと十八だし大学生だ!規約読んで無かったのは謝る。でも、それは店が断ればいいだけだろ?。あんた何でここまで来たんだよ」
「うーん、面白そうだったから、かな?。童貞を捨てたいスケベなマセガキの顔を見に来た」
「なっ……!」
「まあ、暇つぶしだ。備考欄に書いた自己紹介は何のアピールだ?。あれは通信簿の連絡欄ではないんだがなあ」
「かっ、帰れよ!。元からあんたなんて呼んじゃいねえし!」
 真っ赤になってキャンキャンと勢い良く吠える姿が、元気な子犬を思わせる。もうちょっと言葉で抉って苛めてから帰ろうと決めて、ロイが立ち上がる。部屋を見渡して、勝手にそこらを観察する。色気は無いが本の多い部屋だ。本棚に入らないものがそこらに積んで置いてある。
「勝手に見るなよ!」
「これは…」
「大学のテキストだ。使ってる最中だから触んな!」
 その表紙にはロイにも見覚えがあった。止められたが勝手に手に取り、パラパラと捲る。
「グラマン教授か…。では、君の専攻は物理かな?。テキストだと言われた沢山の本は、もしかしてバカ正直に全て買った?」
「え?、え?、何で知ってんの?」
「参考書だと言いながら、最初に高い著作物を買わせてテストにも出さない場合がある。先輩に知り合いがいるなら譲って貰った方が懸命だぞ。こっちのテキストなんて、私の代が使ったのと全く同じだ」
 テキストを戻し、驚いているエドワードをよそにロイは更に部屋を見て回る。と言っても、狭い部屋はこれ以上特筆すべき物はない。
「なあ、なあ。あんたもしかして、オレの大学の先輩って事か?」
「まあ、そうらしいね」
「そんで、デリヘルの店で働いてんの?」
「正しくは『経営している』だがな。私の事はいいだろ、君はどうだ?」
「オレ?」
「大学に受かって田舎から出て来てみたは良いが、勉強は出来ても都会の生活に馴染めず、コンプレックスの塊なのに馬鹿みたいに高いプライドのお陰で、彼女ができないからデリヘルで性行為を覚えようみたいな…」
「うるせえよ!何にも知らねえくせに、見てきたみたいに言うな!」
「でも、どうせそんなもんだろ?」
 ロイの憶測は八割方合っていたようで、やや図星のエドワードは更に吠える。こんなに反応が返って来ると楽しくなってしまうのは、ロイの根がいじめる側にあるから仕方無い。
「どこの風俗でもそうだが、建前では童貞は捨てられんぞ。それでもヤりたかったのか?」
「って、言うか…」
 煽ったつもりの言葉に、エドワードがしゅんとした。散々吠えて緊張が緩んだのか、子供の顔は随分と素に戻っている。その小さな変化を感じ取ったロイは、エドワードの隣に戻って座る。
「ある程度の体験が出来て、一般的なサンプルが取れれば、誰でも良かったって言うか」
「遠回しな表現を使わず、『お姉さんとエロい事がしたかったんです』と言えばいいのに」
「ぐ…。あんたみたいな奴にオレの苦悩はわかんねえよ!」
「好きな人や恋人は?」
「いたらこういう所に頼めなかったと思う」
「ふむ」
 一人暮らしは嫌ではないが、都会のやり方は難しいとか。大学の友達は女の話しかしないとか。勉強以外の事でバカにされるのはちょっと怖いとか、本当はもっと専攻の事ばかり考えていたいとか。ぽつりぽつりと自分の事を語り出したエドワードを、邪魔しないように優しく相槌を打って続けさせる。
 暫く話してささやかな不満と不安を吐き出して、エドワードは黙ってしまった。区切りがついた所でしゅんとしたエドワードを見つめて、まるで面接官のような真面目な口調でロイが切り出す。
「今までに女性経験は?」
「全く」
「キスも?」
「ねえけど」
「うちのコースはディープキスも料金内だが、それもここで済まそうと?」
「も、覚悟決めたし、これ逃したら次がいつあるかわかんかねえし。そのうち好きな娘を相手にとか、そんな余裕ねえし」
 自分が抱く側だというのに、エドワードの決意はまるで生娘の覚悟だ。ロイは形だけ悩む振りをしながら腕時計を眺めて、一応時間を気にする。
「おや、もう三十分も経ってしまったぞ」
「え、金取るの?」
「当たり前だろ。君は私を部屋に入れたし、うちはチェンジ出来ないシステムだ」
「何もしてねえのにあんたに意地の悪い事ばっかり言われて、挙げ句の果てに金払うのかよ!」
「訴えたければ訴えろ。未成年ですがデリヘル呼びましたって、お巡りさんにちゃんと言うんだぞ?」
「ぐうううう…っ!。悪徳風俗業者め!、鬼っ!、悪魔っ!」
「これでも、業界内では優良店なんだがね」
 ロイの言葉は、騙してはいるが嘘はついていない。今にも殴りそうな勢いのエドワードを制して、くしゃくしゃと頭を撫でる。小さな頭には勉強の知識とプライドしか詰まっていないのだろうか。


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