中二病8


最近、朝から元気がいいのは、ぐっすりと眠れて寝覚めがいいからかもしれない。そんな訳でいつもの「あの夢」を、ここのところさっぱりと見ていないんだ。
見たら見たで不安もあるが、見ないとその先が気になってしまう。このまま全く見なくなったらどうしよう。オレの旅はどうなったんだ。アルの身体は?オレと先生の恋路は?。気になる事だらけで悶々として、その先を見ようと今までの内容をおさらいをすると、決まって思い出してしまうのがあの甘い夢。
先生との性的な関係が恥ずかしいやらエロいやら嬉しいやらで、思い出してオカズにしたらよく抜けて、お陰様でぐっすり眠れてしまう。そんな理由で快眠に夢自体を見なくなったなんてそれこそ言えない。そうして積極的に先生を捕まえる事も少なくなって、暫くが過ぎていた。

ある日の放課後。用事があって珍しく校舎裏を歩いていた。オレの学校生活はこんな所にほぼ用は無い。通るのも入学してから数える程だ。その日は雨が降った翌日だったからか、土からは湿った匂いがした。
ふと、植木の根元に何か落ちている事に気付いた。小鳥のヒナだ。もしかして鳩だろうか。ウインリィが学校で鳩を良く見かけて、中庭でパンくずをやるんだって言ってたから。
肌色の、お世辞にも可愛いとは言えない姿のヒナは既に息絶えていた。きっと雨に落とされちゃったんだ。後は自然に従って亡骸が分解されていくだけだが、気付いたオレがこのまま放っておくのもどうかと思い、辺りを見回す。いい物を見つけた。花壇の端に、園芸部が使っていると思われるスコップが刺してあった。
壁際の土の柔らかい地面を軽く掘って穴を空ける。土に還すというのは人間の宗教観であって鳩には通じないかもしれないけど、オレが出来る事ってこれくらいしかない。

(……いや、まてよ)

唐突に思い出してしまった。目を閉じると、夢の中で何度となく思い描いた図形が浮かんでくる。錬金術の構築式だ。夢の中でオレはこれを使ってあらゆる物を理解・分解・再構築し、形を変えていた。そして、オレの腕と脚、弟の身体を失った原因である人体錬成の式も、ぼんやりはしているものの記憶にある。オレがこの十六年の人生の中ででは辿り着けないような膨大な知識の塊は、やはり他人の記憶なのだろう。エドワードという同じ名前の他人の。
スコップを傍らの地面に突き刺して、胸の前で、パン!と手を打ち鳴らす。鳴らす事が大事なのではなく胸の前に腕で環を作る事が目的なのだが、夢の中のオレは錬成する時は大抵は急いでいるので、音が出る。それに、音で「これから作るぞ」と自分に合図を送っているようでもあった。
まあ多分、こんな事をしてもどうにもならないだろう。このヒナが生き返る事も、錬成に失敗してリバウンドが起こる事も、何か自分自身が変わる事も。少し怖くもあったが、試してみたいと思ってしまったんだ。恐る恐る手を差し出す。翳すか翳さないかの所で、後ろから肩を掴まれ強く引かれた。

「何をしようとしている!」

怒りを含んだ強い口調で叱りつけたのは、増田先生だった。

「…え、いやその…」
「この世界に『扉』は存在していない。そんな事をしても、何にもならない」

先生はとても怒っている。きつい口調と険しい表情。こんな怖い先生を見たのは初めてで、オレはごめんなさいも言えないまま固まってしまった。

「君がいくら構築式を思い出したからと言っても、開く扉が無ければ錬金術は発動しない」

え、何。何言ってんの。オレ、あれから先生に錬金術の話とかしてないよ。

「命を戻す代償は大きい。それを知った上でまた過ちを繰り返す気か?『鋼の』」
「……っ!」

全身の毛が逆立つほどに肌が粟立つ。そんな呼び名、誰にも言っていなかった。もちろん先生にも。なのに何で知ってるんだ。夢の中でオレが『大佐』に『鋼の』って呼ばれていた事を。
声の出せないオレを、先生はヒナから遠ざけた。先生も見かけて気になっていたらしい事はすぐにわかった。先生は手に小さなスコップを持っていたから。
 先生はオレの掘った穴にヒナを埋め、ほとんど盛り上がりの無い土の上に石を乗せて、花壇から花を一輪拝借してその上に置いた。

「来なさい」

先生の声は、いつもみたいにオレを優しく気遣う物でなく、拒否できない命令のようで冷たい。オレだって先生に聞きたい事がたくさんあるはずなんだけど、まだ頭の中が纏まらない。混乱というよりも未知の恐怖に近い。何を言われるんだろう。何を怒られるんだろう。足がすくんで動かない。先生はオレの腕を掴むと、強く引っ張って校舎に戻っていく。怖い。先生が恐い。掴まれた腕も痛いけど、それよりも先生が恐い。

先生は、手近な部屋に入ると後ろ手に扉を閉めた。一階の端の部屋は、適当な道具が置かれた物置だ。二人きりで逃げ場も無い。いや、逃げる必要なんてないじゃないか。

「…すまない。つい」

先生が済まなそうにオレの腕を離した。

「せ、先生は、知ってたのかよ」
「………」
「オレ、先生に言ってなかったよな。オレが夢の中で『大佐』に何て呼ばれてたか」
「…すまない」
「どうして!どうして黙ってたんだよ。じゃあ、先生は全部知ってたのかよ!」

先生は目を反らしてオレの言葉を黙って受ける。一番信頼していた人に裏切られたかの様な気持ちに声が震える。

「お、オレ…。せんせ、にっ……」
「騙しているつもりは無かった。私から情報を先に与えて、洗脳のように誘導してしまう訳にはいかなかったんだ。君がどこまで思い出すかは、君自身の問題だから。私が強要する事は出来ない」
「だって、オレから話したじゃん。でも、先生は黙ってた!」
「君がどこまで思い出すのか、それが重要なんだよ。それに、自信が無かった。君がその記憶を受け入れてくれるかどうか。…いや、今だって無いよ」

先生はさっきの怒った顔が嘘みたいにしゅんとして、悲しそうだ。オレは高ぶった感情をそのまま先生にぶつける。ダメだと思いながらも言葉が止まらない。

「何で言ってくれ無かったんだよ!。オレばっかり一人で浮ついて、バカみてえじゃねえか!。こんな話聞いてくれるの先生しか居なくって、先生がが聞いてくれるの、特別なんじゃねえかって勝手に嬉しくなって、それで…」

もうどうしたらいいか分からない。外からは放課後の部活に頑張る生徒達の声が遠く聞こえて来る。薄暗い部屋の中で、向かい合って視線を外し立ちすくむオレらはどうしたらいいんだろう。
少しの間を置いて、先生が口を開いた。

「あれから、どこまで思い出した?。教えてくれないか?」
「オレと、アルは、旅を続けてる。ちょっとややこしい事になった。このままじゃ世界が終わっちまう。オヤジが大きく関わっている事もわかった。あんたが大きな野望を秘めている事も知った。もう、会えないかもと思って、何か繋がりが欲しくて、ちょっとだけ借金は先延ばしにした」
「520センズ?」
「そう。でも、あんたならぱっと帰しに来ちまいそうだなって。思った」
「他には?」

先生が何を聞きたがっているのか、オレには分かってしまった。きっとこの事を知りたくて先生はずっと待っていたんだ。

「なんか、オレが先生の事気になっちまうの、どうしてかわかった。オレと、先生は、その…」

何て言っていいか。『肉体関係がありました』とか、『男同士だけどいいんですか?』とか、『恋人だった』とか。直接的な言葉は恥ずかしくて、どうにか言葉を選びたいんだけど、選ぼうにも浮かばない。

「それを知って、君は嫌だった?」

先生はもう、答えを知っている。なら、オレが黙ってても同じか。

「………嫌じゃ、ねえよ。全然」

このタイミングでの肯定は『はい!じゃあ先生と恋人同士オッケー!。色々全部もオッケーです!』って言ってる様な気がして恥ずかしい。顔が熱い。きっと真っ赤になってると思う。耳まで熱いんだ。あー、どうしよう。顔が上げられない。

「私は、君にとっての『大佐』ではないけれど」

先生の腕がすっと伸びて、オレを包んだ。

「君の事が大切なんだ。とても、とても」

身体も寄せずそうっと抱き締める腕に堪らなくなって、自分から先生に抱きついた。先生は暖かくていい匂いがして、こうするのは初めてなのに懐かしい気がした。胸がぎゅうっと締め付けられるような感覚。先生も同じ事、感じてくれてるのかな。
大きな手が、オレの頭をそっと撫でた。背を、肩を、右腕を。確かめるようになぞる。ここにいるよ。居るからもう心配しなくていいよ。オレも先生の広い背中を撫でて、子供をあやすみたいにぽんぽんと叩いた。

「お帰り、鋼の」

先生の言葉に、オレは無言で頷いた。


20121011

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