中二病7

久しぶりにエドワードと個人的な話をした。
ここ最近は彼も忙しいようで、こちらが時間を作っておいてもうまく噛み合わず擦れ違ってばかりいた。夢はどこまで見たのだろう、彼は何をどこまで知ったのだろうか。もしかしたら前回の報告以降、あまり先に進んでいないのかもしれない。待たされるのは今更。こちらも焦らずにじっと彼のペースに合わせる事にしている。

「先生。ちょっといいかな」
「なんだ?エルリック」
「今日の面談の事なんだけどさ」

珍しくやって来たと思ったら本日の父母面談の件だった。本日面談を行うエドワードの父親について、彼なりに色々言っておきたかったようだ。

「うちのオヤジ、ずれてるっていうかなんつーか。先生に迷惑かけなきゃいいんだけど」
「迷惑?どうして」
「子供のオレが言うのもなんだけど、当たり障りの無い日常会話が一番難しいんだ。ささっと要点話して返した方が先生も楽だと思う」
「君の素行を根掘り葉掘り聞かれたく無いという牽制か?」
「や、本当に会話がツライから。あいつがたまに帰って来た時に、隣のおばちゃんが運悪く玄関で話しかけちゃってさ。捕まると話の長い人なのに、すぐ眉毛こんなんなってた」

すまなそうにしながら、眉の上に指で八の字を作って私に力説する。嫌いだとは言いつつも子供なりに親を心配しているという事か。くるくると表情を変えて、身振り手振りで一生懸命に話す。可愛いなあ。私だけを見つめる目にふと手を伸ばして抱きしめたくなる衝動を抑える。まだだ。今は、まだ。

「人の話聞いてねえしいきなり考え事し始めたりさ、タイミング読めねえんだ。先に謝っとく。ごめん」

ぴょこっと頭を下げるので、どさくさに紛れて優しく撫でる。相変わらず小さい頭だなあ。

「君のお父さんに会うのが楽しみになってきたよ」
「信用しろってば!」
「気をつけるよ。忠告ありがとう」


***

放課後という時間は鈍くなる日の光と相俟って、少し寂しげな空気を醸し出す。静かな教室は、子供達が居る昼間の空間とはまるで違う。今ここには私一人のみ。教室は面談での使用の為に、生徒にはできるだけ入らないように注意してある。
前の保護者も帰り、面談の書類をまとめながら最後の一人を待つ。時計を見ると約束の時間を十五分ほど過ぎている。

「いやあ、すみません。遅くなりました」

開けておいた扉を覗き込み、現れたのはエドワードの父親。ヴァン・ホーエンハイム氏だ。金髪の生徒がいるなら親も金髪だと想像もつくだろうが、他の学年には珍しいのだろう。廊下の向こうが少しざわついている。

「エドワードの父です。息子が世話になってます」
「いえ、ご足労おかけしてすみません。担任の増田と申します。あちらにお座りください」

出迎えつつ扉を閉める。ホーエンハイム氏は気まずそうにしながら、人の良い笑みで何度も頭を下げる。私も聖職者の笑みを作ってそれに応える。今日は受け持つ大学の講義があるとエドワードから聞いていたので、遅刻も想定内だ。一番最後にしておいて正解だった。
教室の中央には机を四つ使って、簡単な場所を作ってある。正面に向かい合って座り、私はファイルを開く。

「では早速ですが。エルリックくんはとても良い生徒ですよ、成績も優秀です。学年の最初の頃は一人で行動している姿も目立ちましたが、今は沢山の友人がいます」
「そうですか。うるさくないですか?」
「特に問題はありません。でも頭が良すぎて、授業中につまらなそうにしている時があるようです。これは仕方無いでしょう。授業が楽しい生徒なんてほぼ居ませんから」
「馴染めているのなら良かった。あまり話をする機会も無いもので」
「少し頑固な所はありますが、とても優しい子だと思いますよ。…彼はいつでも優しい人ですから」

私が言葉の端につけた小さな刺に刺さったようだ。温厚そうな表情の中で鋭い眼光がこちらに刺さる。

「…そうか、ありがとう。名前を妻から聞いてまさかと思っていたが、やはり君だったか。会うのも久しぶりだね」
「そうですね」
「あれから何年だ」
「十二年、ですかね」
「君が私の研究室に現れた時は、本当に驚いた。まさか、ロイ・マスタングまでがこの世に存在したなんて」
「いえ、今は増田です。普通の日本人です。普通の日本人で、普通の教師ですよ」
「普通、ね」

口調は柔らかいが、その中に含む物は少し苦味がある。ホーエンハイム氏はそんな話し方をする。

「まさかエドワードの担任になるとはなあ」
「偶然ですよ」
「偶然?、十二年前にわざわざ俺を探して訪ねに来て、エドワードの存在まで確認していった君に偶然などありえん。どんなに待っても出会う事を決めていたんだろう?」
「あなただってそうではありませんか。奥さんを見つけ出して結婚した。同じ様に二人の子を授かった。なぜ名を分けたままなのかは、あの時も教えてくれませんでしたね」
「こちらにも事情があるのだよ。君が来て、妻がまた死ぬのではないかと思い恐怖だった。私だけがこのループの中にいるとばかり思っていたのに」
「死にませんよ、大丈夫。何もかも同じではないようですし」
「君に言いたい事も沢山あるが。先にもっとエドワードの事を教えてくれないか。学校でどんな風に過ごしているのかとか。その為に来たんだ」
「勿論です。私もその為にこうして面接を行っていますので」

父親としてのホーエンハイム氏に、担任としてエドワードの事を色々と話して聞かせた。勿論、彼が夢の相談に来た事は一つも臭わせずに。それを知ればきっと、エドワードと私がこれ以上距離を縮めないように何か策を講じるだろうと思ったからだ。そんな事は誰にもさせない。私は彼に出会う為にここまで来たのだから。

私はずっと、子供の頃から同じ夢を何度も繰り返し見ていた。
燃え盛る街。炎に包まれ逃げ惑う人々。そこを平然と進む自分は、既に大勢の人を殺している。肉の焦げる臭いと悲鳴。耳を裂く爆裂音。それが戦場である事に気付けたのは小学校の時だった。自分の叫び声で目を覚まし、汗だくの額を拭う。強制的に地獄に繰り返し落とされているようで、またあの夢を見るのかと思うと怖くて怖くて。日が暮れると憂鬱になり、眠る事が何よりも嫌だった。
ある日、地獄のような悪夢に続きが現れた。
私は軍人となって戦争に参加していたのだと知った。そんな世を少しでも変えようと、野望を抱き虎視眈々と上を狙う。ありがたい事に部下や友人には恵まれた。しかし、現実と理想の間でも葛藤しながら、戦争で負った心の傷をひた隠しに生きる毎日が続く。
そして出会った金色の光。『彼』と出会って私の人生が変わった。それは差し込む小さな光から、全てを包む眩しい存在となり、私の全てとなった。
高校を卒業する頃には、その一連の夢は一人の男の波瀾万丈な生涯を映し終えていた。夢の意味を知り、成さねばならぬ事が何か、明確になった。

『彼』を探し出さなくては。

大学に入って一人暮らしを始め、まずホーエンハイム氏を探した。幾つになっているかわからない子供を探すよりは有効だろうと考えたからだ。今のようにネットで検索すれば何でも情報が載っている時代では無い。地道に新聞を調べ、電話帳を漁り、可能性がある所に問い合わせをし続けた。あまりに手がかりが無いと、気の遠くなるような作業に弱気になる時もあった。しかし私には確信があった。彼は必ず存在していると。現に夢の中の登場人物の幾人かは、実際の生活の中で既に出会っていた。私のように名が変わる場合もあるが、そのままの名前である可能性もある。諦める事は選択肢に無かった。
氏が日本へ来ていて、とある大学の教授になっていると知った時は本当に嬉しかった。次の日には迷わず会いに行った。相手が過去を覚えているかは問題ではなかった。私の探す『彼』が存在しているのかどうか。それだけが分かればいいと、身勝手にもその一念だった。
顔を合わせた日の事は今でも覚えている。ホーエンハイム氏は私を見て、驚いた顔をした。それは私達が同じ記憶を有していると暗に告げていた。ならば話は早い。私はそのまま本題を切り出した。



「…彼に限っては、早めに志望する大学を絞ってみてはいかがかと思います。余裕があるとのんびりし過ぎてしまい、最後に駆け込む生徒もいます。それでは少し勿体無い。やはり目標があるとスケジュールが立てやすいですよ。例えば、あなたの居る大学とか。国立も十分な圏内です」
「うーん、俺は嫌われてるからなあ。学びたい内容だってあるだろうし、その辺は息子に任せるよ」
「分かりました。また進めば状況も変わるかと思いますので、その時はいつでも相談して下さい」
「宜しくお願いします」

ファイルを閉じて面談を終了させる。帰り支度を始めそうな雰囲気に、こちらは腰を上げる事はしない。こうして再び話す機会があるのだから、もう少し付き合っていただくとする。

「どうお考えですか?」
「ん?」
「我々のように記憶を共有する人間が居る事について」

ホーエンハイム氏は一つため息をついて、困った様に笑った。まだ続けるのかと少し呆れているようにも見える。

「未練が大きい程、覚醒はしやすいようだな。君の未練はエドワードだろう?」
「では、あなたの未練は奥様ですか」
「それだけじゃあないよ。そして、俺は君に聞いている。それほどまでに待ち望み、君は今のエドワードをどうするつもりだ」
「私達の約束を果たしたいだけです」
「それが君の勝手な思い込みで、エゴだとは思わないのか?。エドワードも君を望んでいるとは限らない」
「そうかもしれませんね。十二年前のあの時、貴方は『今はエドワードに関わるな。まだ年端も行かない子供だぞ』と言いましたね。だから待ちましたよ。私と彼が初めて出会った歳も過ぎました。彼も一人の人間としての人格が形成されるには十分でしょう?」
「気の長さに恐れ入るよ」
「あなたの『旅』程ではありません」

穏やかに話しているつもりだが、つい言葉が強くなってしまう。目の前の男はやれやれといった様子で立ち上がった。今この件に関して話すつもりはないという意思表示だ。

「全く関わるなとは言わないが、俺の息子にあんまり無理させるなよ。あいつには記憶が無い」
「私も無理を強いるつもりはありません。大切な存在ですから」
「担任としては信用しているよ。これからもエドワードを宜しく」
「こちらこそ。ありがとうございました」

最後の面談が終わると、既に日は暮れていた。電気を消して暗い教室から教員室へと向かう。
これからエドワードが何をどこまで思い出し何を選ぶかは、私だって知りたい事だ。全てを思い出さないという可能性も、思い出しても私を選ばないという可能性もある。そう考える度に胸の奥が痛む。
昔の私であればその痛みも『彼の幸せを思えば』と耐える事が出来ただろう。しかし、今の私にそんな忍耐力は無い。もう、十分すぎる程に待った。今の私には、彼に無理を強いる事無く柔らかな愛情と甘い嘘で丸め込める自信がある。エゴだと言われてしまったが、その通りだ。私はそれを貫き通す為にこの人生を生きているのだから。



20120617

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