2、最終電車


 私も腹はそこそこ減っていたので、サンドイッチとおにぎり、ペットボトルの茶なんかを適当に掴んでカゴに入れたが、彼の選ぶスピードはもっと速く、あれよあれよと言う間に食料で埋まっていく。
「プリン…。こっちか、いや、こっち…あ、これ食ってみたかったんだ」
 小さな体であんなに食べられるのだろうか。しかし幸せそうな彼に水は差せない。私は先にレジに向かって暇そうな店員に声をかけた。
「すみません。この辺りに宿泊施設はありませんか?」
「へ?」
「ホテルとか」
 あの量の食料を暗い道端に広げて食べるのは困難だろう。しかも外は蒸し暑い。蚊もいる。食べ終えてタクシーを呼ぶにしても、汗だくのまま路上に座って待つのはしんどい。ならばビジネスホテルを一部屋取ってしまうのが手っ取り早いんじゃないかと思ったんだ。まあ、ホテルがあればだが。
「ああ、この道を真っ直ぐ行くと国道とぶつかるんで、そこを右に曲がると看板が見えますよ」
「助かった。ありがとうございます」
 やはり無いわけではなかった、助かった。タクシーを呼ぶにしてもホテルから呼んで貰えるだろう。ちなみにカラオケや漫画喫茶など、朝まで居られる店は近くには殆ど無いそうだ。あるにはあったが、スナックとの事で諦めた。彼を連れて行けない。

 会計を済ませて再び外へ出た。暗くてどこで道が繋がっているのか、遥か彼方に目を凝らすが私にはいまいち視認出来ない。
「この先にホテルがあるらしい。部屋が取れたらそこで食べるか?部屋代は私が払うから」
「や、そこまでしてもらうのは」
「申し訳ないが、私がこの暑さに耐えられない。君を一人で放り出す事もしたくないが、君に付き合って朝まで外に居る気力が無いんだ」
「オレは別に道端でも朝まで一人でもいいんだけど」
「もちろん、見ず知らずの相手と朝まで過ごすことに抵抗があるなら無理強いはしない。タクシーを呼ぶから君は食べたら帰りなさい」
「あんた頑固だな。…うーん、じゃあ任せた」
 乗り過ごした仲間だし枕にしてしまっていた訳だし、それくらいはしても良いかと思うんだ。勝手な正義感だが子供を放置して帰りたくも無いし。
「あっちいなー。あんた大丈夫?」
「君こそ大丈夫か?」
「オレは平気。鮭ハラミおにぎりうめー」
 熱帯夜の空気は湿度が高く、シャツも何もかもが水分を含んで泳げるほどに重い。汗を拭いながら過度に暗い商店街(頭上の街灯に駅前商店街と書かれた旗がぶら下がっているので、一応信じてみる)を歩いて行く。ここも朝になりシャッターが開いたら、幾分かは賑やかになるのだろうか。
 彼は隣で既におにぎりを頬張りながら歩いている。右手にペットボトル、左手におにぎりという隙の無い装備。重いビニール袋を持つのは私の役目になってしまうのは仕方ないんだろうか。
「先、見えるか?」
「あー、随分先が暗いからなあ。あの辺が道に繋がってんのかな」
「目がいいんだな」
「おうよ。両目二・〇だぜ」
 得意げに笑う彼が、少し元気になったようで安心した。何かあったら親御さんに申し訳が立たない。
「あんた、名前はなんて言うの?。オレはエドワード」
「ロイ・マスタング。ロイでいい」
「ロイさん家はどこだよ」
「途中で乗り換えるつもりだった」
「オレはほぼ真逆。こっちから始発なら、終点辺り」
「君も寝過ごしたのか?」
「…あんたが寄りかかるから、降りられなかったんだよ」
「えっ?」
 あまりに驚いて、つい大きな声を上げてしまった。静かな夜道に響いて、エドワードに「しっ!」と怒られる。
「起こせばいいじゃないか。若しくは邪魔だと押し返すとか、逃げるとか」
「仕方ねえだろ。なんかぐっすり寝てるし、声とかかけ辛いし!」
「すまなかった。しかし、何というか…お人好しすぎるだろ君」
「タクシー代出すとかホテル代出すとか言うあんた程じゃねえよ」
「だって、子供一人を置いていく訳にいかないじゃないか」
 その言葉に空気が変わった。機嫌の良さそうだった彼から、低い声が飛んできた。
「子供だと?バカにしてんじゃねえぞ!」
「君こそ声が大きいぞ。じゃあ幾つなんだ」
 よく通る声が、先程の私の声よりも大きく真夜中の静けさに突き刺さる。あからさまに怒った彼をなんとかなだめて落ち着かせる。
「これでも二十歳だ!」
「嘘だろ」
「…今年で、二十歳だ」
「十九じゃないか未成年。しかし、十九というのは本当なのか?」
「大学二年生。こっちで一人暮らししてる。子供に間違えられんのはまあ、時々あるけど。ああもう腹立つなあ」
「すまない。悪気はなかったんだが」
「いいよもう」
 そうやって拗ねる態度が子供っぽいんだがなあ。ぷりぷりしながらもおにぎりを既に食べ終えている。そんなところはしっかりしているが。
 他愛ない会話を繰り返している間に、コンビニの店員が言ったとおり太い道路に突き当たった。
「結構歩いたな」
「そして、すぐ右手に看板があると…」
 くるりと振り向いて思わず足が止まった。あまりの出来事に声も止まった。
「もしかして、あれが目的地?マジで?」
 数件先には明るい看板が夜の闇の中で輝いていた。曲がるまで気付けなかったのは、手前に大きなタバコの広告看板があって、それに隠れていたからだ。
 静寂には似つかわしくない色。そして書体。ピンク色のネオンの枠の中には少しうねった配置でこう書かれていた。



『ラブラブホテル・ハッピーラブリー』




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