031・六段目
※ロイさん視点です


冷たくて甘い、不思議な食べ物。
唯一、氷点下のまま体内へと入れる事ができ、おとぎ話の王子でも昔は食べられないと謡われてしまう程の存在。

その名はアイスクリーム。

昔からアイスが好きだった。アイスクリームでもアイスミルクでもラクトアイスでも、シャーベットやソフトクリームでもだ。ソフトクリームはちょっと高級な感じかな。とにかく特別な食べ物だった。冷たいのに甘くて美味いなんて不思議じゃないか。

小さな頃は虫歯を気にする親から無駄に規制され、誕生日など特別な時にしか食べられないものだという刷り込みの中で育ったから、何かしら美化されているのかもしれない。それは認める。
学生時代の頃は、つるんでいた仲間と男ばかりの団体でアイス屋に食べに行く事もよくあった。
昨年、彼女と別れる前までは言わずもがな。デートというのは菓子屋とセットになっているらしい。気の赴くままパフェやアイスクリームを堪能…とまでは行かないが、楽しくありつけていた。

諸事情により、しばらく美味いアイスクリームからは離れて過ごす日々が続いていた(次の彼女がまだ出来ないとか、その話は関係ないので今は置いておく)。言い訳が無いと人はこんなにも臆病になるものなのだろうか。一人でなんて注文出来るわけがない。まず甘くて美味いものがしこたま置いてある、かわいいカフェに入れない。何故どこもファンシーな内装にしてしまうんだ。そこへいい年をしたオジサンが一人でパフェだぞ?アイスだぞ?。どんな罰ゲームだ。
実際、部下に言わせれば「軟弱なイメージってよりも、女の子に媚びてるみたいに見えますよね」とか、付き合った彼女の中には「あなたはキリッとして見えるんだから、あんまり甘いもの食べない方がいいと思うよ」などと貴重な意見を貰ったりもした。本当に余計な世話だ。

今は良い時代になった。高級で美味いアイスクリームはコンビニでも買えるようになった。しかしそんな、アイスのみを買って帰るなど恥ずかしい事はやはり私には出来ない。棚の中をちら見して、ああ、ハーゲンダッツの新作があるなとか、先日、勇気を出して買ったストロベリーミルフィーユはうまかったなとか、ぼんやり考えて通り過ぎるだけ。
こんなに近い存在なのに、ガラス越しに手をのばすことは出来なくて。募る思いはまるで片恋に似ている。
だが、コンビニのアイスがどんなに高級な素材を使っていようとも、専門店のそれには適わない。アイスクリームは空気を含んだ食べ物だ。優しい口どけは絶妙な温度管理の中で保たれる。そして、やはり作りたての方が断然美味い。

取引先の駅前には、昔から馴染んだピンク色の看板がある。バスキンロビンスが正式名称だが、日本での愛称はサーティワンアイスクリーム。
学生時代はよくヒューズと寄って食べた。二人でお姉さんをナンパして玉砕した事もあった。あの時好きだったピンクグレープフルーツなど、もう何年も見たことがないフレーバーは沢山ある。
中も随分と変わっているらしいが、私も最後に入ったのは四年程前だ。味は相変わらず美味いんだろうな。募る気持ちと仕事で疲弊した身体に、焦がれる気持ちは更に強くなるばかり。

店内には学生が楽しそうにアイスを食べていた。髪の長い元気そうな女の子と、つり目でポニーテールの男の子。ニコニコと優しげな短髪の男の子。並んだ三人は同じ制服でお揃いのように金髪だ。三兄弟なのだろうか良く似通ってる。
女の子がスプーンで隣の子のアイスを一口強奪する。端の子が自分もとカップを回すと、真ん中の子も渋々それに参加する。仲良く味見大会を繰り広げる様子はかわいらしい姿と相まって、金色の子猫達がじゃれているようなイメージ。それだけでも癒やされそうだ。

あの中に入れてくれなどとオジサンの分際で図々しい事は言わないが、せめて一口、そのアイスクリームが食べたい。店内に入る勇気もなく信号を待つ振りで眺めていたが、このままでは立派な不審者である。
その時の私には、2月の薄ら寒い街にため息をつきつつ踵を返すしかなかった。

その後、紆余曲折と色々な偶然を経て、子猫グループの中の一匹と仲良くなる訳だが、それからの話はまた今度に。


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