031・二段目

状況からすれば、ナンパされたオレがその相手を更にナンパした。みたいな。どちらも男だからナンパ自体成立しないのかもしれないんだが。
男は慌てたまま、コートを掴んで引っ張るオレの手をふりほどけもせずに後を付いてくる。
臆病なあんたにも新しい世界の扉を開いてあげよう、お礼はもちろんアイスでいいよ。ドアを開けば明るい笑顔が待っている。店員はお前が何者かなんて気にしちゃあいない。みんなただの「客」なんだ。あまり考えない方がいいんだよ。

「すいませーん、また来ちゃった」
「あら、食べ足りなかったの?」
「やっぱりクランベリーフロマージュ食べておきたくて」
「そうね、これ今日までだから」

店のお姉さんとの仲の良さを見せ付ける。どうだちょっと羨ましいだろ。今さっき出て来た店に平然と戻り、再び注文をするオレを男はただ驚いた顔で見つめてる。厚顔無恥とでも言いたいのか?、他人に迷惑をかけてないんなら、少しくらいの図々しさは大目に見て貰えるってもんだ。

「クランベリーフロマージュは今日までだってさ」
「あ、ああ」
「お姉さん、それ味見したい。ブルーベリーパンナコッタ」
「はいどうぞ」
「ありがとー」

渡されたピンク色のプラスチックスプーンを、ぼんやり立ち尽くす男にそのまま渡す。受け取ってから恐る恐る食べる姿が子供みたいで何だかおかしい。

「あんた他に味見は?」
「いや、その」
「つうか、何食べんの?オレはね、クランベリーフロマージュとラブポーションサーティワン、レギュラーでワッフルコーン!」
「はい。ご一緒の方は?」
「ああ、ではこれとこれをレギュラーのカップで…」
「なんだよカップかよ。コーンが美味しいのに」
「では私は会計を済ませてくるから、アイスを宜しく」
「…逃げたな」

男はオレにアイスクリームを任せ、そそくさと会計を済ませにレジに向かった。なんだよそんなに恥ずかしいのかよ。ま、今そこを責めても仕方がない。なんせ相手は初対面のオレに代理購入を頼むくらいのチキンなのだから。
さっきまで座っていたオレの定位置を再び陣取って男を待つ。また店内の端っこだ。かわいそうだからあいつは壁側に座らせてやった。

「凄いな。君は常連客なんだね」
「そうだよ。良く来てる。なあ、あんた名前なんての?」
「ロイ。ロイ・マスタング」
「なんか名前偉そう。オレはエドワード」
「ありがとう、エドワード」
「奢って貰ってんのはオレなんだけどな」

スクープがくるりと掬い、コーンの上に乗せられた華やかな色彩の球体は、さながら一輪の花のようだ。歯を立ててかじりつくと、再び冷たくて甘い幸せが口に広がる。
おっといけない、全部をかじる前に無傷の部分をスプーンで掬う。この為にスプーンを貰って来たんだった。

「ほら。ラブポーションサーティワン。チョコはあげらんないけど」
「!。あ…、ああ。ありがとう」

いちいち驚くなってば。ロイさんは迷ってからスプーンを受け取り、差し出した一口を食べる。そのまま食えば早いのに。
もぐもぐと味わうと端正な顔が少しだけふにゃりと緩んだ。

「…美味しいな」

小さく呟いたその一言に、何故か心臓が跳ね上がった。そんな、アイス一口で幸せな顔して嬉しそうに呟かなくても…!。
相手は男で下手したらオジサンの部類かもしれないってのに、何でオレはときめいてるんだ。あれか。身なりの良さそうな男が、あまりにもアンバランスに子供みたいに喜ぶから、調子が外れたのかもしれない。
ロイさんは、一口づつ大切にアイスを食べる。口元が、スプーンを持つ指先が、なんだか色っぽい。

「ああ、悪かった。つい食べることに夢中になってしまって」

そう言ってスプーンで掬って、オレの真似して差し出す。オレは殆ど食べてるからいいのに。スプーンを受け取ろうかとも思ったんだけど、驚かせてやろうとそのままパクッとくわえた。さっきは何も考えてなかったけど、これも間接キスになるのかな。

「君は本当に美味しそうに食べるね。店の中で食べる君を見て、私も食べたくなったんだ」
「あんたも、嬉しそうに食べてんじゃん。美味しい?」
「美味しい。好きなんだ、アイスクリーム」
「オレも好き。ここのが一番好き」

なんだか心臓がずっととくとく鳴ってる。かわいいなあこの人。メアド教えてくんないかなあ。またアイス食おうよって誘いたいなあ。

「なあ、ロイさんのメアド教えてよ。奢ってくれんならいつでも来るよ」
「本当か?!」
「ほんとほんと。だから番号も教えて。オレ、こっから近くの高校だから」

アイスに釣られたロイさんから、呆気なく番号とメアドをゲットした。もうちょっと警戒した方がいいよ、オレは子供に見えるかもしんないけど、一人前に下心はあるんだから。
楽しくアイスの話をしてるうちに、俺はさっさと平らげてしまった(本日レギュラー4個)。ロイさんの手元のカップもそろそろなくなりそう。

「なあそれ、もう一口くれ」
「もう一つ頼めばいいのに」
「人のを貰うからうまいんだよ」

あー。と口を開けると、雛に餌をやる親鳥のような手つきで、スプーンに掬われた白いアイスが差し出される。ぱくりと口に含めば、特別な甘さにくらくらする。何だっけこれ、ラブストラックチーズケーキだ。

「おいしいなあ」
「エドワードはチーズケーキ系が好き?」
「何でも好きだけど、あんたから貰うからうまいのかも」
「何だか口説かれてるみたいだな」
「そうそう、だからまた奢って。明日からまた新しいシーズンフレーバーが増えるよ」
「そうか。何を食べようかな」

うん。口説いてるんだけど、うまく伝わってないみたいだ。意外とこの人鈍いのかもしれないな。
3月の最後の日。明日から高校三年生。そんな記念すべき日にオレは運命的な出会いをしてしまったんだ。
アイスを食べて子供みたいに幸せそうに笑うロイさん。あんまりかわいいからあれはオレが頂く。もう決めた。
気付いてないのかな、オレがあげたのはラブポーションで、あんたからもらったのはラブストラックなんだよ。あの一口で確実に恋に落ちたんだ。とか、クサい事言っても理解して貰えなさそうだから、距離を縮めてから直球で攻めてみようと思う。

そうして、オレらのアイスクリーム屋でのデートは始まった。


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