031・一段目

それはまだ寒い3月最後の日だった。オレの楽しみにしているうちの一つ。大好きなアイスクリーム屋のアイスがちょっとだけ安くなる日。
別に、安くなる時だけ来てる訳じゃないんだ。でも大好きなもんが安くなってたら誰だって嬉しいだろう?。そんな簡単な話だ。
アイスクリームが好きだなんて女みてえだと笑いたくば笑え。意外とこの国の男は甘いもんが好きな奴は多いんだからな。みんな「男はこうあるべきだ」という社会のつまらない概念に捕らわれて、おおっぴらにしてないだけなんだと。
でも、その些細なプライドを横に置いておくだけでこんなにも素晴らしい幸せにあり付けるのなら、オレはまだ「女子供」のカテゴリーにいても良いとさえ思う。

そんな潔さを胸に、放課後の俺は駅前へと脚を向ける。弟とか幼なじみのウインリィと来る事もあるんだけど、一人でだって食べに来る。
店に入れば店員のお姉さん達の爽やかな笑顔。明るい店内。ケースに並んだ色とりどりのアイスクリームは食べ物とは思えない程の原色バリバリで、それだけでも現実感が薄れる夢の国だ。

(うう、テンション上がる…!)

今日は何を食べよう。一つはシーズンフレーバーにして、もう一つはスタンダードにしよう。シーズンフレーバーにばかり気を取られていると、なかなかスタンダードを味わえなくなる。

「コットンキャンディとキャラメルリボンをレギュラーで」
「今日は試食はいいの?」
「あ、じゃあバーガンディチェリー!」
「いっつも来てくれるから、ちょっとオマケね」
「へへ。ありがとー」

いつものお姉さんとちょっと話をして、コーンを受け取る。オレは定位置へと腰を下ろす。店の端っこ、窓際の席は外もよく見えてお気に入りだ。
まだ寒い季節の街は、コートやマフラーが目の前を横切っていく。暖かい店内で冷たく甘いアイスクリームを喰うってのもなかなかいいもんなんだ。

ふと、こちらに視線を感じる。一人のサラリーマンがこちらを向いている。俺じゃなくて、アイスクリーム屋自体を見てるんだ。あの人もアイスクリーム好きなのかな。身なりのいい、ちょっと整った外見の男。年は20代後半か?。
そんな人間観察を肴にアイスクリームを楽しむ。シーズンフレーバーはまだ食べてないのがあるんだ。次こそはいちごみるくと、大本命のラブポーションサーティワン!。名前が長い!恥ずかしい!でも美味そうだから許す!!。余裕があればワッフルコーンもいいなあ。何度来ても次が楽しみだ。

すっかり食べ終えて外に出た。風が冷たく感じるけどアイスみたいな甘さはない。当たり前だけど。そんな下らない事を考えていたら、いつの間にか隣から声をかけられた。

「君、ちょっといいかな」
「…はい?」

さっきのサラリーマンだ。アイスクリーム屋をじろじろ見ていた男。隣に立つと身長差に苛っとする。人の良さそうな表情を向けてくるけど、なんか俺に用でもあんのか。

「さっき、アイスクリーム屋でアイス食べていたよね」
「そうだけど、何?。つうかあんた誰。オレに何の用だ」
「その、実は、私の代わりにアイスクリームを買ってきて貰いたいんだ」
「はあ?自分で行けばいいじゃねえか」
「いや、店内に入るのが恥ずかしくて…。一人でもアイスを買って食べている君を見て、お願い出来ないかと」

ああ、ここにもいた。ちっぽけなプライドが捨てられずに、大きな幸せを犠牲にしてる愚か者が。
しかも、諦められなくて通りすがりの人間にまで頭を下げてお願いするなんて。なんかそれ、本末転倒じゃね?。

「頼む。君にも土産を買ってきていいから」
「…なあ。あんたアイスクリーム好き?」
「…好き、だが」
「よし。じゃあ一緒に食おう」
「え!?」

こういうのは慣れれば大した事ないんだって。相手の意見を聞く気は毛頭無い。
男のコートを掴むと、再び俺はアイスクリーム屋へと向かった。


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