八匹目

 アルと大佐が、二人で公園に行くようになった。大佐の行動パターンが読めてきたので、付き添いは一人でも平気だろうという結論になった。しかし相変わらず手を繋ぐ事は変わらない。大佐も楽しそうに繋いでいる。
 散歩して、公園の野良猫と遊んで、翌朝に食べるパンを買って帰ってくる。子供の声で良く喋る鎧姿と無口な大人の男が手を繋いでお使いしている絵面は、ちょっと不思議に見えるかもしれない。
 でも、このセントラルの街はいろいろな地域から様々な人が集まる為か、わざわざ突っ込んでくる人も居ない。来る者拒まず去る者追わず。その距離感は田舎とは違った優しさがある。今の俺ら兄弟にはありがたい街だ。
「ただいまー!。ほら、大佐もただいまってして!」
 今日は二人して機嫌良く帰って来た。多分、いつもは来ない黒茶ブチの猫が来たとか、そんな程度だろうと思って特に聞きもしなかった。そんな自分を、俺は後で恨むことになる。

 夜になり、ベッドに潜った俺は肌に感じるじゃわりとした違和感に声を上げた。
「ぎゃっ!?」
 ざわざわしてじゃりじゃりした感触は、ぴったりの表現が見つからない気持ち悪さ。油断していた所になんたる仕打ち!。
 夕飯をたらふく食って、のんびり風呂に入って、後は暖かなベッドに潜って眠るだけ。しかも慣れた場所でだ。油断していない方がおかしいと言いたい。みっともなく叫んで飛び跳ねた俺は、毛布を勢い良く捲った。シーツの上には黄色い毛虫のようなものがいくつもくしゃくしゃになって、散らばっている。
「なんじゃこりゃあああ!」
「どうしたの?兄さん」
 俺の大きな声に、アルが寝室までやって来た。ベッドを覗き込んで、気まずそうにする。
「…あー、多分それ大佐だ…」
 その言葉を聞いて、俺は反射的に部屋を飛び出し、階段を駆け降りる。
「何しやがるんだクソたいさあああ」
 リビングでコーヒーを飲んでいた大佐は、びっくりしてこっちを凝視する。
「てめえ、猫だと思って手加減してやってるけどな、限度ってもんがあるんだぞ!」
 勢いと声に驚いて、カップを握ったままソファーの陰に隠れてこっちを見ている。黒い耳がぴんとこちらを向いていて、警戒と緊張が伝わって来る。
 しかし俺は、その勢いのまま大佐をリビングから荒っぽく追い出した。ここへ来た夜のようにソファーに毛布を被せて潜り込む。俺様の睡眠の邪魔をしようなんて奴は、何人たりとも許さない。
 何時までも収まらない怒りを、睡魔でくるんでどうにか落ち着かせようとする。相手も驚いたかもしれないが、これくらいして当然だ。大佐は自業自得だ。じゃわじゃわのベッドで一人寂しく寝たらいい。そう考えながら、違和感のない柔らかな毛布の中で深呼吸を繰り返した。
 毛布の中もあったかくなってきた頃、暫くしてアルがリビングに戻って来た。
「兄さん。ベッドは僕がきれいにしておいたよ。大佐はすごくしょげて、大人しく寝てる」
「知るかよ。イタズラの罰だ」
「あれ、虫じゃないからね?」
「わかってる。ねこじゃらしの穂だろ?俺も昔イタズラに使って怒られた」
 未だぷりぷりしている俺の横で、アルがソファーに寄りかかってしゃがみ込む。
「今日、公園散歩してた時にね、ねこじゃらしが沢山生えてる所があって」
「だからかよ!」
「まあ、黙って聞けよバカ兄」
「ば…おまえ…!」
 バカって!お前、兄ちゃんよりもあの無能大佐の肩を持つのか?、猫好きの猫補正はそんなに強いものなのか?。今度は俺がしょげそうだよ。と、言いたい所をアルが遮る。
「ちょうど夕方でさ、たくさんのねこじゃらしが夕日に光って揺れて、金色の波みたいにきらきらして、すごく綺麗だったんだ」
「…ふうん」
「綺麗だね。兄さんにも見せたいねってつい僕が言っちゃったんだ。そうしたら、大佐が一生懸命ねこじゃらし集めてくれて」
「…で、何でベッドなんだよ」
「兄さんは猫のお土産って知ってる?」
 あれだ。野良猫が飯のお礼に、小鳥や鼠の死骸やら置いていくやつだ。
 猫にとっては良い物なのかもしれないが、人間にしてみれば恩を仇で返すようなちょっとした嫌がらせ。しかも、奴らは人間が必ず通りそうな玄関やドアの真ん前を抜け目なく選びやがる。
「野良猫が、良かれと思って無自覚の嫌がらせを…」
「嫌がらせじゃないよ、感謝の気持ちだってば。大佐も、兄さんにお土産渡したかったんじゃないかな。いつもありがとうって」
「…でも、そんなの。迷惑だ」
「明日はちょっと優しくしてあげなよ?」
 俺は何も言えなくなって、そのまま寝たふりをしてしまった。了見の狭さを露呈してるようで恥ずかしくなる。勿論、誰からもそんなこと言われていないんだけど。
 胸がつきつきと小さく痛む。鼻の奥がつんとする。ありがとうとか、なんだよそれ。俺に感謝とか、お土産とか。大切な弟まで味方に引き込みやがって大佐め。あんたが急にそんな事するから、変な感じになったじゃないか。
 気まずさに目を閉じた寝たふりは、いつの間にか本当の睡魔に変わっていた。男の体温から離れて一人で眠るの事が久しぶりだと気付いたのは、意識が落ちる寸前だった。



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