七匹目 A


A、慌てて大佐の体を押し返すと、転がるようにして逃げた。 

 大佐の体を押してソファーから転げ落ちる。這うようにして俺は逃げ出した。トイレに駆け込んで鍵をする。咄嗟の逃げ場がこれしか思いつかなかったんだ。
「…は、っは……ほんと、やば…」
 気持ちよかったけど、あの先がどうなったかも魅力的だけど、しちゃいけない気がする。モラルとして。散々触ってきて今更なのかもしれないけど、やっぱり一線は越えちゃだめだ。
 今の大佐は動物だから、きっと本能とか欲望に弱いんだと思う。良かった、中尉の家に引き取らせなくて。大変な事になるところだった。
 ふと、あの時のやりとりが頭をよぎる。『大丈夫』っていうのはどういう意味だったんだろう。拒否できるって意味なのか、こういう事になっても大丈夫って事なのか…。
 胸の奥がきゅっと締まるような痛み。何故だか苦しい。
 大佐と中尉はすごく近い距離にいるし、男と女だし、今までに何かあってもおかしくないのかもしれない。でも、どうして俺はこんなに悲しくて苦しいんだろう。

 コツコツと、扉を控えめに叩く音。大佐だ。
 俺の中の天秤には、片方にモラル。もう片方に得体の知れない不安とか焦燥とか悔しさとかが乗っている。右側に色んなものが乗りすぎた。かたん、と腕が落ちるように、俺は鍵を外してドアを開いた。
 目の前には、大佐がしゃがみこんでいる。耳を後ろに倒し、下から不安そうに俺を見上げる。
「怒ってないよ。でも、さっきのはやりすぎだよ」
 優しく頭を撫でる。大佐は俺に触ろうかどうしようか迷っている。なあ、あんたに色々聞きたいよ。色々聞いて欲しいよ。今話したりしてる事は、戻っても覚えてるのかな。その前に、戻る道も探さないといけないんだけど。
「大佐…。大佐はさ、何考えてんの?」
 膝立ちになって、ぎゅっと抱きしめる。大佐も安心したのか、俺を抱きしめて、甘えるように頬を摺り寄せる。反省したのか我慢しているのか、さっきの続きをしようとはしない。
 大佐の顔両手で挟む。こっちに向けて俺から唇を重ねた。大佐は拒否もしなかったけど、その先に進める事もしなかった。逆に、舌を差し入れる俺をそっと牽制するみたいに、唇を離してぎゅうっと抱きしめてきた。
 こいつが何を考えているのかはわからない。でも、少しくらいは俺の事も大切に思ってくれてんのかな。
「…今は、このくらいで勘弁しといてやるよ」
 あんたが元に戻ったら、色々詰め寄って脅して誘惑して、苛めて我が侭言って無茶して責任取らせてやるから覚悟しておけ。今はまだ、ここで俺にだけこうしていてくれるなら、黙っててやるよ。




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