六匹目


 朝、そろそろ起きなければと思いつつ、布団の中で惰眠を貪る時間は至福のひととき。寒い室内と暖かなベッドの上は、毛布という薄く確かな国境で二分されている。そして、自分を抱き締める腕、他人の体温と薄い体臭。
 大佐と俺が一緒のベッドで眠り始めて、数日経った。最初は緊張しっぱなしだったけど、人間の慣れって凄い。今は、こうして抱き締められていても取り乱さなくなってきた。
 大佐は俺を抱き締めて眠るのが好きらしい。ベッドも狭いし、同じ室内で寝られるのが俺くらいしかいなかったというだけの、消極的な選択と思われるのだが(アルは夜中、あまりじっとしていないので、くっ付いて寝る相手としては難しいと思う)。
「たいさ、おはよ。そろそろ起きようか」
 耳と頭を撫でながら声をかけると、大佐がうーんと伸びて、再び収まった。まだ起きる気は無いのか。
 大佐は猫だが体は大人なので、朝は無精髭が生える。それを至近距離でまじまじと観察。大佐はあんまり濃くないがじょりじょりは硬そう。俺も顎に三粒くらい生えだしてるけど、いつになればこんくらい沢山生えるかな。指先で撫でたら、大佐がくすぐったがって身じろぐ。
「くすぐったい?」
 それでも、イタズラな気持ちで顔を触る。頬や、目尻や、額。こいつにこんな距離で触れる事は今後ないと思うと、色々な欲が湧いてくる。
 無精髭の顎を、舐めたい。触っても硬いんだ。髭は舐めたらきっとすごく硬いに違いない。舌がざりざりしそう。どうにも好奇心に負けて、大佐の顎に舌を這わす。んー、思った通り髭が硬い。薄いがじょりじょりだ。何というか…ちょっとした下ろし金風?。
 調子に乗ってれろれろ舐めてたら、大佐がくすぐったそうに顎を拭う。そして、お返しとばかりに俺の頬を舐める。俺もくすぐったくて恥ずかしいけど、相手は猫だし。これは挨拶とか毛繕いの範囲だと言い訳する。
 邪な妄想がよぎるのとほぼ同じタイミングで、大佐の舌が俺の唇を舐める。頭の奥でたがが外れる音がした。呆気なかった。俺からも舌を伸ばせば、ぬるりとした感触。
 大佐が覆い被さるように位置を変えて、唇が深く合わさる。ああ、なんかこれ、すごく気持ちい。俺からも腕をまわして抱き付いて、深く深く、舌を絡める。
「ん…、ン……っ」
 喉が鳴って、俺も猫みたいだ。体を撫でる大佐の手のひらに煽られる。ヤバい。体が熱くなってきた。止まらない。
「兄さーん、そろそろ起きなよー?」
 階下から呼ぶ弟の声に体が跳ねる。反射的に目の前の顔を押して、大佐から逃げる。
「あ、ああ!、すぐ行くから!」
 ドアを越えて、階下に向かって大声で叫ぶ。こんな姿、弟には見せられない。
 焦りに顔が赤くなった事がわかる。なのに大佐はすごく普通で、行為を止めた事に「なんで?」という顔までしてる。変に意識してるこっちが照れてしまう。
「も、だめだよ」
 やんわりと牽制すると、大佐は目を細め、今までに見たことがないような、優しい笑顔で唇を重ねてくる。こんな顔されたら断れなくなっちまう。
 一人用のベッドで、こいつと二人で寝ようってのがそもそも間違いなんだ。相手は猫だから、これは毛繕いの範囲だ。それに、あと五分だけ。五分だけだからと自分に沢山言い訳をする。深く重なる唇はそのまま、俺からも大佐の体に腕をまわした。



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