日記小話
月にさえ、君を想う
※独り言注意



人は、どんなに大切な事も、強烈な体験も、その事象から物理的に遠ざかれば、自然とその事への意識や印象が薄くなるものだ。

先ずは視覚。人の認識能力の大半は、視認した情報が基となっている。則ち、視認出来ない状態が続けば、否応無しに印象は薄くなって行くというもの仕方が無い。
只でさえ人間は、記憶を全て同じ状態で維持出来るようには作られていない。古い記憶は順次薄くなって行き、消えるが如く、薄れた事にも気付けないくらいに、溶けて流れて思い出す事も無くなってしまう。

記憶が時間により消えてしまう事は、悪い事ばかりではない。それがなければ、人は悲しみに耐えられぬまま心を病み、正気を保てず狂ってしまう事もある。
嫌なことを、悲しい事を忘れる事で、心の痛みや深い傷は癒えていく。完全に癒えなくても、時間が経てばそれなりに冷静になれたり、うまく行けば、自ら向き直れるようになれるかもしれない。
結局は、自身を人として保ち護る為のシステムだ。

しかし、人の心は勝手な物で、辛い事がその鮮烈な印象だけを強く抽出して、心の奥底に巣くってしまったり、大切な人の愛しい表情を、だんだんと薄れさせていったりする。それは意志とは関係無く作用する場合も多々ある。



マスタングは、曇天の夜空を見上げ、生温く重い風に吹かれながら、小さく息をつく。暫く顔を見てはいないが、あいつは元気にしているだろうか。

互いに傷を抱え、護るものを抱え、どんなに道が困難でも、顔を上げて歩き続けなければならない。
そんな似たような境遇なのに、互いの腕の中は抱えたもので満杯で、余所へ手を伸ばす事すら出来ないというのに、それでも互いを求めようとしてしまう。
そんな、嫌な所が良く似た、あいつだ。

彼が犯した罪と深い傷は、完全に癒える事はないだろう。しかし、少しでも穏やかに眠れる夜が来たらいい。
愛しい気持ちは、会えないうちに嫌でも薄れてしまう時があるだろう。それでも、一時でも心の支えとなれるのであれば、それでも構わない。
悲しみは薄らぎ、愛しさは募れ。
都合の良い我が儘ばかりを願った所で、叶うわけはないのだけれど。

我が侭を言えば、刷り込みのように顔を見せて、相手の中に印象を刻んで消えさせたくはない。こちらばかりが鮮明に浮かぶ笑顔に切なくなるのでは、割に合わない。寂しさに文句の一つだって伝えてみたくなる。
なのに何故か、離れていても心に強く確信している事がある。どんなに遠くても、どんなに会えない時間が長くても、互いの関係も気持ちも、途絶えて消える事など無いと。
それは今まで考えてきた全てに矛盾しているのだが、『願望』でなく『確信』として存在している。

『会えない事は、寂しい。だけど、悲しくはない』

いつかそう話した、幼さの残る横顔を思い出す。

(…私は、自惚れ過ぎかな)

強い風が髪を乱す。羽織った上着の裾がばさりばさりと翻る。流れて行く灰色の雲の隙間から、満月が白い輪郭を覗かせては、また隠れる。
今はただ同じ空の下、触れる事も出来ないあいつが少しでも幸せであるように。と、


光だけを残して消えた月に祈るだけ。




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七夕あんまり関係なくてすいません。
途中でなんだかわからなくなってきたけど、そんな二人もいいなと。
2009/07/08
2009/09/14 移動・加筆修正

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あきゅろす。
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