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僕に頂戴…ユベル+ヨハン

僕に頂戴


カーテンの合わせ目の隙間から、三日月の拙い光が漏れている。
青みがかった髪の束が視界の端で乱れていた。
もう見慣れてしまい何とも感じなくなったが、こうしてふと目に入ると自分の頭髪がいかに異端な色をたたえているかを自覚する。
綺麗だと言われることも多かったが、自分で見る限りでは珍妙で異常な色合いだという印象しか抱けなかった。
そんな微妙に非人間的な髪が汗で湿り枕に広がっている。
枕元に置いたはずのデジタル腕時計を手探りで掴み、液晶を点灯させて時間を確認した。
深夜1時37分。
寝ついた時間は覚えていないが数時間は眠っただろうか。
ひどく汗をかいたようだ、背筋に悪寒が走り不快で堪らなかった。
時計を掴むためにシーツから出した右腕は外気にさらされみるみる冷えてしまった。
腕を出した際にできた空間から冷たい空気が入り込み、体温で温まったシーツ内の空気を押し出していく。

夢を見ていた。
どんな夢であったかなど全く覚えていないが、それは目覚めの機嫌をすこぶる悪くさせる程には不愉快であったらしい。
夢を思い出せないというのは、例え対象が悪夢であったとしても記憶の曖昧さが気持ちの悪いものである。
しかしわざわざ悪夢を思い出そうとする事も馬鹿らしく思われたので、再び目を閉じて眠る態勢に入った。
「起きたの?」
不意に何処からか声が聞こえた。
今までこの空間に自分以外のなんの気配も感じられなかったので、予想だにしない空気の振動に心底驚いた。
それはもう飛び上がる程驚いたのだが、実際に仰向けの体勢で飛び上がることなどは出来ず身体がびくんと跳ねただけであった。
一拍遅れて、脳みそが今の音声は右から聞こえていたようだと判断したので、眼球を目一杯に動かして両の黒目を右側に寄せる。
声の主は捉えられなかった。
本当は首ごと、否身体ごと右にめぐらせて暗闇を凝視したかったのだが、臆病で狡猾な人間の本能がそんな愚行を許してはくれない。
誰だと問うために口を開こうと努力するものの、乾いた唇がすこしひくついただけである。
そんなこちらの様子を知ってか知らずか、声はくすりと小さく嘲るように笑い、艶やかな音色を響かせた。
「さっき言ったこと、覚えてる?」
次いで歌うような滑らかな滑舌で問いかけられた。
さっき言ったこととは何だろう。
さっきと言うからには今までの会話の中での聞き漏らしか、はたまた自分が眠りに落ちる前の話か。
それよりも、声は先程とは反対―左側から聞こえているようだ。
不思議に思って少し思考を試みたが諦めた。
闇のせいで家具の輪郭もおぼろ気で、相手の姿も確認できないでいたので、ただ単に声が部屋の中で反響したのだと勝手に納得しておく。
「覚えていないならそれでいいよ。結果は変わらないんだから」
今度は拗ねたような、愉しそうな、興味が無さそうな、様々な相反した感情が読み取れる声色が耳に届いた。
先の二回の言葉より随分近いところから聞こえたように思えた。
ただ、肉声にしては明瞭さに欠け、拡声器のそれに似た広がりを持った声である。
耳をぼんやりと包み夢うつつの中のようだ。
しかしながら自分の頭は最初の一声を聞いたとき既に覚め、はっきりとしていた。
夢であるはずはない。

「ねえ、だからさあ」
脳に届く甘い妖艶な声に明らかな違和感を感じて身体が強張った。
それは著しい異変だった。
艶かしい女の声が頭蓋骨の内側からぐわんぐわんと響き渡り、
「君の身体を僕に頂戴」


ヨハンの意識は眠りに墜ちた。


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