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てのひらのおきにいり
 

ある日、外から戻ったザップの目に映ったのはやけに真面目腐った顔をした後輩と弟弟子の姿だった。
何してんだこいつら。
テーブルの上にある、二人が熱心に見つめる紙を覗き込んでみれば、女の名前ばかりがずらりと並んでいた。

「あ、おかえりなさいザップさん」

ようやくザップの存在に気付いたらしいレオナルドが顔をあげる。隣のツェッドは案の定何も言わない。

「なんだ?ついに童貞捨てに行く算段か?」
「一体何をどうしたらそこに結び付くんですか」
「下世話な事しか言えないなら今すぐここを出ていったらどうですか?」
「あぁ? 温めてたって何の役にもたたねぇだろうが。それとも何か得でもあんのか? 寝かせたら寝かせただけうまくなんのか? 逆だろどう考えても」
「ほんっと面倒くさいなこの人は! 名前考えてんですよ! いつまでも君っていうのも寂しいし、話すときなんかも名前がないと結構不便で」

揃ってノイローゼかよと紙に見入る姿を横目に、よっこらせとソファに腰を下ろせば二人がぎょっとした顔で腰を浮かした。いつからこのソファはシーソーになったんだと生ぬるい視線を向けたザップにレオナルドが叫ぶ。

「被ってます!被ってますっ!!」

何がだよ。
悪態らしい悪態をつく前に突進してきたその腕に突き飛ばされ、ひじ掛けを超えたその先へと落下した。
大丈夫か。主に頭が。
床に転がったままソファを見上げるが、別に変ったもんは何もない。ように見えたが。

――あぁ…居んのか。

そいつらは揃ってそこに同じものを見ていた。

「まだやってんのか」

ゴーストごっこ、と揶揄ればツェッドから冷ややかな視線が飛んでくる。

「まったく、あなたにデリカシーを求めることほど生産性がないこともありません」
「おおう言いやがったな魚類! じゃあテメェがやってることはさぞかし生産性があるんだろうな! ああぁん!?」

ゴーストじゃなくて彼女の名前です、とレオナルドがテーブルの上の紙を指した。
さっきも見た、ありがちな女の名前ばかり書き連ねたあれだ。

「名前は大切でしょう。コミュニケーションの第一歩です」
「その第一歩が遅すぎんだろ。拾った猫の名前だってもうちょい早くつけるわ」

その紙をつまみ上げ目の前にぶら下げてみるが、いかにも童貞が思いつきそうな名前しかあがっていない。

「元の名前があると思うと勝手につけるのも悪い気がして」
「ニックネームだと思やいいじゃねえか」
「なるほど。その方がまだ呼びやすいですね」

脳内がお花畑仕様なのか、ふやふや笑ったレオナルドが、…で?とツェッドと揃ってザップを振り向いた。

「…いや俺が知るかよ。ゴースト。デイドリーム。妄想。ポチでもタマでも好きなように呼んでやりゃあいいだろ」

一つ挙げるごとに順を追って二人の顔が歪んでいく。

「ほんっっっとデリカシーの欠片もないな!!しかも途中のやつなんて完全僕らへの悪口ですよね!?」
「あーうるっせーな。なら、もうこれでいいだろうが」

そう言ってペンを取り上げたザップは、ろくに見もせずテキトーに丸を付けた紙を、二人の前に放り投げた。

「ちょっと…!」

いい加減にしろと言いかけたのだろうレオの服を、投げられた紙にじっと目を落としていたツェッドが引いた。そうしてそれをレオナルドの前にかかげて見せる。
雑な線の中に綺麗に収まったアルファベットを、開いているのか閉じているのか分からない糸目がなぞった。

「コニー…?」

紙越しに、レオナルドがツェッドへ視線を送る。

「…いいかも」
「しれませんね…」

ザップから見れば無人なだけのソファに視線を投げて二人は頷いた。
耳をほじりながらその様子を見ていたザップだったが、もう一つ言っておきたいことが頭に浮かぶ。

「犬みてぇだな。どこぞのお偉いさんの犬の名前がコニーだったろ確か」
「ちょっと黙っててもらえますかザップさんこのやろう」










********





コニー。
そう名付けられた少女は、名前を呼ばれるたびにはにかんで見せるらしい。
言葉にしてくれることはないから実際のところどう思っているかは分からないけれど、マイナスの感情でない事だけは確かだと言ったのはツェッドとレオのどちらだっただろうか。

コニーと名付けられたその少女の姿は、ここライブラで過ごすうち、徐々に幾人かの目に映るようになっていった。
常時はっきり見えるというわけではないようだが、時折ふっと姿が視界に入ることがあるのだという。ソファに座っているのだったり、子犬のようにツェッドの後ろをついて歩いていたり、そして皆口にする容姿は一様に同じだった。
それをスティーブンは“波長が合う”のだろうと表現した。何らかの理由、もしくはレオやツェッドを通してふとその存在を意識した拍子に、波長が合うのだと。

最初に声を上げたのはK・Kで、数日置きにクラウス、チェインと“見えた”という報告が相次いだ。いつまで経とうが影も形も見えなかったのがザップで、やつはその話になる度に集団ヒステリーだなんだと有らん限りの悪態をばら撒いていた。

そういうスティーブンも、一度としてその姿を目にしたことはなかったのだが、それは言わないでおいた。むざむざザップと同じ枠に自ら入る謂れはない。スティーブンが思うに、自分と同じ考えの元に彼女が見えないことを黙っているものは割合多いはずだ。

そうしてある日の午後、また誰ともなくその話題を持ち出し、運悪くその空間にいた者へ次々と火の粉が飛んだ。もちろん意図的に避けていたスティーブンも例外ではなく、

「そういや番頭は見えてんすか?」

ソファの背から身を乗り出すザップの声を追っていっせいに振り返る面々に、スティーブンは口に含んだばかりだったコーヒーを苦々しく飲み下した。

「見えたことはないな、残念ながら」

一度もない。気配を感じたことも無ければ、彼女が纏っているらしいその赤いフードの端ですら視界を掠めたことは無かった。
会話をしているようだけれど、見えも聞こえもしていない身には、ツェッドやレオが誰もいない空間へせっせとボールを投げ込んでいるように見えている。

「ほれみろ、なんだかんだ言って見えてねぇ奴も多いだろうがよ」
「って言っても完全に見たことないのはザップさんとスティーブンさんだけでしたけどね」

その事実はスティーブンに少なからず衝撃を与えた。
現時点での代表がろくでなしであるからして、少数派の枠に入るのが嫌で見えると嘘をついた者が、若干名はいるはずだと思いたい。
波長って、要は共感なんでしょ?と人差し指で宙に円を描きながらK・Kが口にする。

「納得よ。あんた血まで凍りついてるもの」
「まいったな、それだと血闘道も使えやしない」

スティーブンの返答に、ふんと鼻をならしK・Kはザップを振り返った。

「ザップっちは、あれよ…」
「共感能力が死んでるんじゃない?」

切って捨てたチェインに絡み騒ぐザップの姿を眺めながら、スティーブンは複雑な思いで薄い笑みを唇にのせた。

ふと見れば、今もツェッドが隣にぽっかり空いたスペースへ向け、何事か言葉をかけている。
人の痕跡などかけらも浮かべず涼しい顔をした赤いソファは、やはり無人のままだった。
 



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