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プールサイドミュージアム
 

青を基調にした薄暗い部屋。窓から差し込む光に濃い緑の植物が照らし出されていた。

まるで水槽の外にアクアリウムを作ったみたい。中にいるとまるで自分が魚になったような錯覚を覚える。おそらくしている訳じゃない呼吸が、自然と深くなる場所。

その中心にある円筒形の水槽の中に、彼はいる。
水中で本を手に宙へ留まっている姿はどこか神秘的だ。ここで迎える初めての朝、砂色をした弱く柔らかな陽の光に浮かび上がるその光景を目にした時、私は訳も分からずただ息を呑んだ。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


目を覚ました私に気付いていたのか、こちらの出方を窺うような間をあけてから声をかけてくれた彼だけれど、たぶんそう言う彼の方がよく眠れていないだろうと思う。
神経質な性質なのかそれとも別の理由なのか、彼が眠ったのは緊張でなかなか寝付くことが出来なかった私よりもさらに遅かったはずだ。

それなのに今、陽の光から見てもまだ早朝と言っていい時間に、既に本を手に読書をしている様子だった。特殊な紙なのか、水の中でもそれが破れたり溶けてしまう様子はない。
挨拶を返しあなたはと問いかければ、少し考える素振りの後「それなりに」との返事。

この部屋も、彼も、とても静かで。自分もなるべく大人しくしていようと心に決めたけれど、案の定座っているだけの時間は長くは続かなかった。

急遽用意された私専用のソファベッドから、そろりと足を下ろす。
即席と言うには部屋の内装にしっかり馴染んでいるそれは、生地の部分はアッシュグレイ、肘かけの部分は落ち着いたマリンブルーになっていて、この部屋の中にあればこれもまたアクアリウムの一部、底砂に沈んだ岩のようだ。

こういうの、だれが選んでくるんだろう。

そんなことを考えつつ、水草のような鉢植えに寄って行く。
硬いはずのタイルの上は、歩いてみても靴音ひとつしなかった。
よくよく考えれば、座っても寝そべってもソファのスプリングが音をたてたり――それは真新しいから当然だと思うけれど――座っている部分がへこんだりはしないのだ。体重とか、どうなってるんだろうと鳴らないつま先で床を叩いて思う。

少しだけのつもりだったけれど、やっぱり気になるのか時々本から顔を上げるツェッドさんと目が合う。
植物の合間を縫って視線がぶつかり、どちらからともなく視線を外す。
ただそれだけ。
少し間を開けて、またちらりと互いの存在を確認しては目を逸らす。

枝葉の隙間から見えた彼は、やっぱり広いアクアリウムの中にポツンと浮かんで見えて。そんな静かな彼の世界に入り込んでしまったことに若干の申し訳なさを感じながらも、これからよろしくお願いしますと胸の中で呟いた。



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あきゅろす。
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