ゆらゆらゆらり
「そんな訳だツェッド、ここにいる間君が面倒をみてやってくれるかい?」
連れて来た事もあるしというスティーブンさんに「はい」と端的に返した彼の顔に特に目立った表情は浮かんでいなかったけれど、実は嫌がられていないかが少し気になった。
勝手に押しかけて面倒までみてもらおうなんて、厚かましすぎるのではないだろうか。
ここでの私の主な行動範囲は、先ほどの大きな部屋とツェッドさんの部屋との二か所になるらしい。勝手に付いて来た上に部屋まで共用なんていよいよ迷惑だ。自分はあまり困らないけれど、彼のプライバシーは確実に侵害されている。
マイナスの感情が顔に出ないだけだったらどうしよう…と不安になったものの、その後あれこれと絡んできたザップさんには露骨に嫌そうな顔を向けていたので、そこまで嫌がられてないといいな…なんて。
「大丈夫ですか?」
部屋まで案内してもらっている途中でそんな事を聞かれた。
「は、はい。すみません少し考え事を…」
ずっと押し黙っていた私に気を使ってくれたのか、暗く静まり返った廊下に、その人の声はまるで水のように滲みいった。
戸惑いつつも顔をそちらへ向ける。スライムのように柔らかな光沢のある肌。その下にある骨格。唇のない口元。彼を構成するそれらは人のものとは異なる。
不思議な所。ここにいる人達は年齢も性別も人種もバラバラだ。
「ここは、どういう所なんですか?」
「………」
「あ…すみません。あんまり聞かない方が良いですよね、こういうこと」
何か話題をと思って口が滑った。私、案外緊張してる。
多くを知らない方が私のためだとスティーブンさんは言っていた。それがただの脅しじゃないことは、私がここへ踏み入った時の空気が裏付けている。今が破格の待遇なんだろうって事も。
なら私は言われたことに従うだけ。“ここ”については考えない。私がするべきなのは抜け落ちた自分の記憶を取り戻すことだけ。スティーブンさんが言うように、私がまだ生きているのなら、やるべきことはたくさん有る。
さ迷うだけじゃない。探そう、自分を。
「…賑やかな所です。たまに賑やかすぎる時もありますが」
返ってくるとは思っていなかった返答に驚いて顔を上げる。遅れて胸がじわりと温かくなるのを感じた。
「…ありがとうございます」
思いを言葉にすれば、彼が不思議そうに小首を傾げる。
「最初は大変なことをしてしまったんだと思いましたけど。…ここに来られてよかったです」
質問に応えてくれる声がある。それがこんなにも嬉しい事だなんて。
彼やレオさんの目には、私の姿が映る。声も届く。二人を通して、他の人達も私の存在を認めてくれる…。
ここでなら私はちゃんと“存在”している。
人は、他者の存在を通して自己を認識する。
こうして彼らに会えたことを、私は奇跡だと思ったんだ。
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