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どこからが本当なのか


「本当かツェッド!」

「はい。たぶんレオ君の言っている通りの女の子が」

「あぁ!?適当言ってんじゃねぇぞ魚類。こいつはともかく何でお前にまで見えんだよ」


あ……お魚…?

おずおずと向けた視線の先、滑らかな肌に鱗のようなものは見当たらない。その質感は硬いというよりむしろフニフニしていそうだ。
彼から目を離せないままいると、その視線がザップさんから離れて私のそれとかち合った。
けれど、思わず瞬きと共に逸らしてしまう。


「今は、どうしてる?」


スーツの人の質問に、レオナルドさんとツェッドさんが互いを見やる。


「「俯いてます」」


端的な回答だったが、スーツの人は深々と長い息を吐いた。


「どうやら単なる幻術とも違いそうだ。セキュリティを掻い潜る程の高度な幻術がそう易々と見破れるとも思えないしな」


まずは話を聞きたいと言われ、私は自分の持っている洗いざらいを言葉にした。自身についての記憶は一切なく、自分がどこのだれかもわからないこと。言葉や物の名前などそういった記憶はあること。
私が喋った事を、通訳のようにレオナルドさんがもう一度声に出して繋いでくれる。
淡々と質問を続けていたスーツの人――スティーブンさんというらしい――は一通りを聞き終えると、大きな人と難しい顔で何事か相談しだした。
話の内容が気になったけれど、もちろん易々と聞ける雰囲気じゃない。

ほどなくして私の前に立ったのは身体の大きな方の人。首を逸らして見上げた眼鏡の奥の鋭い目。そそり立つ壁のような巨体を前に、自分が酷くちっぽけになった気がして身を固くした時だ。
その目がすぐ目の前にまで降りて来た。
目を丸くする私の位置を、「この辺りだろうか」とレオナルドさんに確認し、彼は改めてこちらへ向き直る。


「君の身柄をここで預かりたい」


一瞬、時間が止まったような気さえした。
見えてもいない筈なのに、高さを合わせてくれた視線。そうして穏やかに告げられた言葉を喜ぶべきなのか警戒するべきなのか判別をつけられずにいると、スティーブンさんが補うように言葉を継いだ。


「君が何であれ、少々特殊な存在で有る事は確かだ。少なくとも今まで少年がこの世ならざるものを見たと言いだした事は無い。よって、我々は君がまだ生きていて何らかの事件に巻き込まれた可能性がある、と考えている」


そうなのかな。
ゴースト。しっくりくるという訳ではないけれど、それ以外に今の私を表せそうな言葉がない。
何も覚えていない。何もできない。ただそこにいるだけの存在。


「ただしここでの行動範囲は制限させてもらう。必要以上を知らないのは君の為でもある。今後の事を考えるなら妙な気は起こさないことだ」


とは言っても、今のところ僕らには君に干渉する手段もない訳だが、と言って彼は肩を竦めてみせた。
行くあてもない。他に私の存在を認識してくれる人はどこを探してもいないかもしれない。
改めてこの部屋にいる人達の顔を見渡す。


「留まってみるかい?ここに」


薄い笑みを浮かべたその人に、私は大きく頷いた。
合わせてレオナルドさんが頷く。それを見届けて、大きな人は真っ直ぐな視線をこちらへ向けた。


「私はクラウス・V・ラインヘルツだ」


こんな声を聞いたのは、たぶん忘れてしまった私の人生でも初めてだったと思う。とても実直で真摯な話し方。
視線が交わることはない。見えないものに語りかけているはずなのに、彼の瞳はまったく揺るがない。


「瞬きのように短い間かもしれない、途方もなく長い間かもしれない。君が君をみつけるその時まで、共に過ごしてくれたまえ」


差し出される大きな手。触れることはできないけれど、引き寄せられるように自分の手を重ねる。



「ようこそ ライブラへ」


優しい声音。とてもきれいに澄んだ瞳。
怖くは無かった。不思議と不安も無かった。
あったのはただようやく地に足がついたような感覚。

酷くほっとして、私ははいと頷いた。



と、誰かがしまったというような声をあげる。


「言っちゃった」

「言っちゃいましたね」

「クラウス…君ってやつは…」


スティーブンさんが額に手をあてて深々とため息を吐いた。
どうやら、私は何かまずいことを聞いてしまったらしい。


「まぁ、いいさ。いくらでもやりようはある」


おろおろするクラウスさんを宥めるスティーブンさんが言ったその言葉が、頭の隅に針でかいたような小さな引っかかりを残す。

ふと向けた視線の先にいたあの人は、ただ静かに私を見ていた。


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あきゅろす。
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