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薄皮の下の悪意
そして月曜。私は机に片肘をつきながら、筆箱すらはみ出すほど小さな紙袋を片手に教室を出て行くエリカの背中を見送った。
残された私の机の上には、エリカが持って出て行った紙袋の中身と同じ包装に包まれたクッキーがある。
一緒に作っていたというのに、わざわざ私の分までラッピングして来てくれたらしい。
仏頂面で渡されたそれに、ピンクの花とウサギがプリントされていたのが実にエリカらしかった。
結構少女趣味で可愛いもの好きなんだ。エリカは。
包装のてっぺんを指で弾いて、私は解きかけの数学のプリントへ視線を戻した。

「あの子、彼氏にでも会いに行ったの?」

ねぇ透、と呼ばれて顔を上げると、そこには短いスカートの下から日に焼けた足を惜しげもなく披露し、同じく真っ黒な腕を胸の前で組んだ奈津美の姿があった。

「さぁ?」

いかにも知らないといった風に肩を竦めてみせ、私はまた解けない数式に目を落とす。
確か付き合って二カ月ほどになる。二人がその事実を周りに知られていないのは、共に口外するようなタイプではなかったからか、それとも単に仁王が手慣れているからなのか。

「そう見えた?」

問いかけると奈津美は気まずそうに笑った。

「こういう言い方するとあれなんだけどさ、倉ヶ崎さんって友達少ないでしょ。透以外の女子と話してるの見たことないし」

エリカの事をあげつらいながら、すらりと引きしまった足を折って奈津美はさっきまでエリカが座っていた椅子に腰かける。

「なになに?何の話―?」

耳聡く会話を漏れ聞いていたらしいクラスメイトの一人が、すかさずその背に飛びついた。
エリカの名前に反応したのか、倉ヶ崎さんのこと?と小首を傾げて聞いてくる。

「ね、ね、もしかして倉ヶ崎さんって仁王と付き合ってる?」

いきなり核心をついた質問に、握ったシャーペンの芯がぱきんと音を立てて折れた。

「こないださー、あたし見ちゃったんだよね。駅前の通りでなんだけど、仁王が倉ヶ崎さんっぽい子と歩いてるとこ」

「うっそマジ?」

どこで聞いてたのか、また一人が会話に加わる。

「見間違いじゃないの?仁王くんああいう子タイプじゃないでしょ」

「そうそう、もっと遊んでるような子ばっかりだよ」

「ていうか、仁王くんって普通に3股くらいかけてるんじゃないの?」

ふ、普通にって…。
それが本当なら浮気よりなお悪い。

「ふられたらどうなるのかな」

「泣いちゃったりして」

「あの倉ヶ崎さんが?想像つかなーい」

くるりくるりと指先でシャーペンを回しながら、頭の上で飛び交う会話を聞き流そうと努める。
庇ったりはしないけど、気持ちのいいものでもなくて。
あーあ…
次の時間までに終わらせなきゃいけない宿題だけど、この分じゃもう諦めるしかない。
こういうのって、いかにエリカとの距離感が微妙なのか思い知らされてるみたいだ。
小さいころから近くにいる割に、常に一定の距離を保ち続けている私達の関係。
友達かと聞かれれば、たぶん友達。仲が良いのかと聞かれれば…少し返事に困るかもしれない。
私もエリカも、簡単に他人を懐に入れるタイプじゃないからこうなってしまうのか。もしくは根本的な相性の問題か。
私が薄情すぎるってことなら…ちょっと人生設計を見直す必要があるかもしれない。

「案外倉ヶ崎さんも遊んでるんじゃない?」

「えー、あんなにお嬢様ぶってるのに」

ぶってるんじゃなくて、エリカは本当に良い家のお嬢様だと思うんだけれど。
心の中でこっそり反論しながら、椅子を引いて立ちあがった。

「ごめん、ちょっとトイレ」

席をはずす常套句を掲げて、私は高湿度の空気のように息苦しい輪の中から逃げ出した。



私はああいう女同士の付き合いが苦手だ。
がっちりグループになって、私達の友情は固い、みたいな顔をしていたかと思えば、次の日には誰かが輪の中からはじき出されていたり、誰かと誰かが対立していたり。面倒でわけが分からない。初めは頑張ってみたりするのだが、いつもいつも最後にはついて行けないと諦めてしまう。
世の女の子たちはどうしてそれに順応できるんだろうか。それが例えば本能だとか生来の性質みたいなものだとすれば、それを異常に感じてしまう私が異常なんだろうか。

トイレとは言ったものの、単なる逃げの口実でしかなかったので行くあても無く、かといって教室にも戻りたくなかったので、窓を背もたれにぼんやり突っ立っていた。
さっきの子たちに見つかれば少し面倒だろうけど、言い訳は見つかってから考えればいいやなどと考えていたその時、目の前を見知った人物が横切った。

「柳生」

やほーと小さく手を振れば、片手を上げて答えてくれる。
きっちり分けられた前髪に、一番上まで止められたシャツのボタン。ネクタイまでしっかり締めて、今日も一分の隙もない。

「あれ?それって」

ふともう片方の手に乗ったものに目が止まる。

「柳生も貰ったの?」
「ええ、先ほどそこでお会いしまして。たくさん作ったので、と」

…そっかぁ。
爽やかに去っていく柳生を見送る笑顔が少し引きつった。
そういうことしてるの見られたら、またあらぬ噂を立てられるのに。
何で分かんないんだろ…。分かってやってたりして………さすがにそれはないか…。

どんなに悪意を向けられても、エリカはそれにムッとするか突っぱねるだけだ。目には目を、悪意には悪意をなんてタイプじゃない。気は強いけれど、素直というか真面目というか…。
もう一度大きな溜め息をついた時だ。
どこか気だるげな空気を醸し出しながら廊下を歩いていく後ろ姿があった。

「仁王…」

騒がしい訳でもないのに目立つ。独特の存在感。
それはもちろんあの奇抜な髪の色もあるだろうけど、でも例え髪が真っ黒だったとして、彼はやっぱり周りから浮いているだろうなと思う。
我を貫いていると言うべきか、普通の人が捕らわれがちな常識やルールをさらりと無視して生きている。
確か仁王の教室は反対方向だ。なのにあっちへ歩いて行くってことは、また屋上へ行くのだろうか。昼休みももうそんなに残ってないのに。

案の定、彼は屋上へ繋がっている階段の所で曲がった。
その際、何かを廊下のゴミ箱へ捨てた。そうして然るべきというようなごく自然な動きだった。当たり前だ。ゴミをゴミ箱に入れることに躊躇することなんてなかなか無い。けれどちらりと見えたその色味に嫌なものを覚えて私はゴミ箱に近づいた。





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