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ヒヨコのレシピ


「透、あとどれくらいでできそう?」

「もーちょっと、かな」

翌日、ピクニックにでも行きたくなるような快晴の日曜日。外へでかけるどころか、私はまたしてもエリカの家にいて、一緒にお菓子作りなんてことをしていた。
それもこれも、昨日エリカが言い出した仁王との約束が原因だ。

「なんで私があんなやつのためにお菓子作りなんか」

などと言えるはずもなく、私は淡々と生地から型を抜いて、穴だらけの生地を丸めてのばしまた型を抜くという作業に徹している。作業台の上には、クッキー生地が入っていたボールや秤に軽量カップなど様々な器具が所狭しと散らかしてあり、それがエリカの苦労具合を物語っていて、なおさら何も言えなくなる。
なかなか不器用だってことは知ってたけど、ここまでとは…。

まだ使っていなかったアヒルの型に手をのばす。ちなみにこれはエリカがヒヨコだと言い張り頑として譲らなかった代物だ。
なんでそこでヒヨコにこだわったのかは、よく分からない。

「リンゴなんかどうかな」

一般家庭ではなかなかお目にかかることはなさそうな大きな備え付けオーブンの前にしゃがんで、クッキーの焼け具合を眺めていたエリカがぽつりと言った。

「え、リンゴ…ってクッキーに?」

「入れたらおいしいと思わない?」

「あー…えっと、やってみないとわからないけど、ほんと好きだねリンゴ」

「…別に。ただ、いいかもって思っただけよ」

少し口を尖らせる仕草をしてみせたエリカだったが、すっくと立ち上がると作業台に戻ってきて隣で型抜きを始めた。とても拙い手つきで、抜き取った生地を型から出す時に形を崩すという事を度々やらかし、生地を丸めてのばし直す回数は私よりもはるかに多い。
それでも一生懸命に根気強く続けている姿を見ていると、なんで仁王なんかのためにと言ってやりたくなる。あんな類稀なる最低男のどこがいいのか。

「…エリカ」

「何?」

「仁王のどこが良かったの?」

ガッシャンと盛大な音をたててエリカがクッキーの型が入った箱をひっくり返した。
まさに絶句、といった顔で固まっている。

「ご、ごめん。まさかそんなに動揺するとは」

何気ない質問のつもりだったが、よく考えればいきなりすぎた。さすがにこの質問に対する返事は返ってこないだろうなと諦めていたのだけど、

「どこって…い、いろいろよ」

予想外にもエリカはそう呟くと、ささっとオーブンの方へ戻ってしまった。
けれど髪の隙間から覗いた耳が真っ赤になっているのを見て、私は思わず噴き出しそうになる。
エリカにもこんなに可愛い一面があったことを今初めて知った。私の知るエリカなんて、それはもうプライドが高く気もきつい女の子だ。今まで彼氏ができた時だって、それが何?って顔をしてツンとすましていた。
この時ばかりは、実は仁王って結構すごいヤツなんじゃないかと思った。ただ間違っても良い人ではないけれど。
ここ最近、混ざってはいるもののいつもある程度のところで聞き流していた女子グループの話に耳を澄ましていて分かった事だが、仁王の浮気癖のことは結構有名な話らしかった。
クッキーを焼きながらちらりとエリカにそんな話をしてみたら、「あくまで噂でしょ」とあっさりそれはもう素晴らしいほどの一刀両断っぷりで切って捨てられたが、

「でも、あの人ならどこで何してても驚かないわ」

と、エリカはどこか冷めた目でそう続けた。彼女にこんなことを言わせるなんて仁王の信用のなさにも驚愕だ。しかも悪いことに今回ばかりは噂ではなく事実だが、まさか実際浮気現場をみてしまったなんて言えるわけもない。というか、そんなことどう言えばいいのか分からない。

視線の先では、手にミトンをはめたエリカが嬉しそうに焼き上がったクッキーをオーブンから取りだしているところだった。
子供みたいだ。
私は苦笑しながら型から抜いたアヒル…いやヒヨコに視線を落とした。
実際、私たちなんてまだまだ子供で、そうとは知られないように懸命に背伸びをしているだけなのだけど。




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あきゅろす。
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